日々是総合政策No.291

スウェーデンの地方税(2)-国際比較

 今回はスウェーデンの地方税の国際的な特徴を紹介します。

表 地方税の国際比較(2021年)

(注記)対GDP比と所得税比の単位は%.

(出所)注1より.

 表は注1のOECD(2024)に基づき、北欧4国と日本・フランスの地方税を比較しています。地方税総額の対GDP比(地方税÷GDP)が高い国々を選びました。スウェーデンが15.1%とOECDの38カ国中トップです。また、他の北欧三国も高順位です。日本は7.7%でノルウェーを上回っており、筆者は意外に高いと思いました。 
 表の所得税比は、地方税総額に占める地方所得税の割合を示します。スウェーデンとフィンランドの地方所得税は勤労所得税のみで、デンマーク・ノルウェー・日本は勤労所得税だけでなく資産所得税を含みます(注2より)。たとえば、日本では利子・配当・株式のキャピタルゲインなども5%の地方税が課されます。
 この所得税比でもスウェーデンが97.4%とトップです。同国の勤労所得税以外の「地方税」は地方住宅負担金です。ただし、これは国が同負担金をいったん徴収し、それを補助金としてコミューン(市町村に該当)に配分しています(注3より)。しかも、同負担金が地方税に占める割合(2.6%=100-97.4)も低いので、本コラムでは、勤労所得税をスウェーデンの唯一の地方税と考えます。
 日本とフランスは所得税比が低いですね。フランスはゼロです。同国では、固定資産税や消費関連税(消費税を含む)が地方税です(注1より)。日本は、所得税の他、法人関連税・固定資産税・地方消費税などが地方税です。
 スウェーデンは、対GDP比で見て国際的に最も高率の地方税を、勤労所得(労働所得+年金等。本コラムNo.289を参照)税のみで調達しているわけです。

  1. OECD (2024) Revenue Statistics – OECD countries: Comparative tables
    https://stats.oecd.org/viewhtml.aspx?datasetcode=REV&lang=en#
  2. PWC (2024) World Tax Summaries Online
    https://taxsummaries.pwc.com/
  3. Riskrevisionen (2022), Statens finansiering av kommunerna, RIR (2022:1) p.17.

1と2は、2024.1. 25参照。

(執筆:馬場 義久)

日々是総合政策No.289

スウェーデンの地方税(1)-本コラムの主題

 これからスウェーデンの地方税を取りあげます。今回は同国の地方税の基本的な特徴を紹介し、本コラムの主題を提示します。
 スウェーデンの地方政府は20のランスティング(都道府県に該当、以下、県と略記)と290のコミューン(市町村に該当、以下、市と略記)からなります。以下の地方税とは、県税と市税の両方を指します。
 スウェーデンは地方分権の国で、地方政府が当該地域の公共支出の提供責任を負います。これは、国よりも地方政府の方が地方支出に対する住民のニーズを熟知していると考えるからでしょう。同国の地方支出の中心は、医療(県が担当)、教育・児童保育・介護(市が担当)です。
 地方支出を賄う税については、地方政府に「どの税を採用するか」という税目の選択権は与えられず、勤労所得税のみが認められています。なお、同国の勤労所得税の課税対象は労働所得だけでなく、失業給付・疾病給付・年金等を含みます。労働に伴うリスク-失業・疾病・退職-に直面している「広義の勤労者」の得る所得(社会保障給付)も、リスクに直面していない勤労者の労働所得と同じように課税するという考え方と思われます。年金も課税するので全世代型勤労所得税です。
 他方、地方政府は税率決定権を持ちます。2021年の290の全市における税率(県と市の合計税率)を見ると、29.08%から35.15%に分布し平均は33.17%です。しかし、全市の約80%が32.05%から34.95%に属しています(注に基づき、筆者算出)。なお、同一地方政府内では均一税率(比例税率)で、住民の勤労所得額に関わらず同一の税率が適用されます。
 本コラムでは、勤労所得税のみを地方税とする方式(以下、単一税方式と略記)に注目します。他の多くの国々は地方税として多様な税を採用しているからです。たとえば、日本では、勤労所得税をはじめ資産所得税・法人住民税・固定資産税・地方消費税などが地方税です。いわゆるタックス・ミックス型ですね。スウェーデンの単一税方式のメリット・デメリットは何か?この点を考えます。


Statistiska Centralbyrån, SCB(2024)https://www.statistikdatabasen.scb.se/pxweb/sv/ssd/START__OE__OE0101/Kommunalskatter2000/ 2024.1.10参照。

(執筆:馬場 義久)

日々是総合政策No.288

再考:純資産税(11)-超富裕層の脱税

 今回は、Alstadsæter et al.(2019)の研究に基づいて超富裕層による脱税の実態を紹介します(注)。言うまでもなく、脱税(Tax Evasion)は税法違反であり処罰の対象となります。
 この研究は、北欧(スウェーデン・ノルウェー・デンマーク、以下同じ)の居住者が、海外(非居住地)の金融口座を利用して行った脱税を資産階層別に推計しています。北欧は他の多くの国と同様、世界所得課税方式を採用しています。よって、その居住者は、海外の金融機関にある資産や資産所得を申告し納税する義務があります。
 分析に使用したのは、主に、スイスのHSBC銀行及びモサック・フォンセカ(Mossack Fonseca:パナマの法律事務所)のリークデータです。前者はSwiss Leaks(2007),後者はPanama Papers(2016)と呼ばれます。ちなみに、前者では、顧客30412人(その大部分が脱税者)の内部記録が漏出しました。
 この研究は、リークデータの隠し口座等とノルウェー・スウェーデン・デンマークの申告書データ等を照合し、三国をあたかも「北欧一国」であるかのように統合した上で、家計における資産階層別の脱税を推計しました。なお、北欧では資産・所得のミクロ・データが整備されています。
 その主な推計結果は、全家計を純資産保有額の多い順に並べた最上位0.01%の家計(純資産保有額5000万ドル超)の脱税率が25%というものです。ここで脱税率は、海外の金融口座による脱税が、支払うべき税(=海外口座分の税+国内の純資産税・資産所得税・勤労所得税等)に占める割合です。
 なぜ、このような超富裕層の脱税が可能なのか?この研究によれば、たとえばスイスに、資産隠しなど「脱税サービス」を売る銀行が存在するからです。この種の銀行は、主として超富裕層を顧客とします。この階層からは巨額の料金収入が得られ、しかも、顧客数が少人数なので発覚の確率が低くなるからです。
 以上から、Alstadsæter et al.(2019)は、超富裕層の脱税を減らすには、脱税の需要者(脱税者)に対する刑罰の強化より、脱税サービスの供給者(金融機関等)に対する制裁が有効と述べています。

(注)
 Alstadsæter, Annette, Niels Johannesen, and Gabriel Zucman (2019) “Tax Evasion and Inequality.”American Economic Review 109 (6): 2073–2103.

(執筆:馬場 義久)

日々是総合政策No.287

再考:純資産税(10)-潜在的長所

 今回は、純資産税の長所を資産所得税や相続税と比較しながら考えます。ご存じのように、米国では超富裕層への富の著しい集中が生じています。2019年の純資産保有家計を保有額の多い順に並べたとき、その最上位1%の超富裕層が、全米家計の純資産の41%を保有しています(本コラムNo.263より。)。
 このような超富裕層への資産集中の是正を税制で図るとします。この場合、純資産税には以下の長所があります。
 第一に、累進的な純資産税は資産保有自体の格差を課税前より縮小します。他方、キャピタルゲイン税などの資産所得税は、資産自体ではなく資産の生み出す収益に課税するので、累進的タイプであっても、資産所得の格差を是正するだけです。また、相続税の課税対象は相続資産ですから、自らの起業(創業)によって蓄積した資産などには課税できません。
 第二に、純資産税は資産格差の是正を素早く行います(注、p.500より)。他方、キャピタルゲイン税や相続税は課税に長い時間を要します。キャピタルゲイン税は、株式等の資産の売却額から購入額を差引いた額に課税するので、資産の売却を待たなければなりません。もちろん、相続税は超富裕層の死亡が課税の条件です。
 しかし、上記の純資産税の長所は「潜在的」なものに過ぎません。その実現には、少なくとも以下が必要不可欠です。
 第一に、納税単位-個人あるいは夫婦・世帯など―ごとに、その保有資産をもれなく捕捉できる徴税システム。これはマイナンバーによる公金受取口座の紐付けで済む問題ではありません。少なくとも、各銀行口座の預貯金、各特定口座の金融資産、及び別荘を含む不動産の納税単位別紐付けが必要です。
 第二に、超富裕層による課税資産から課税優遇資産への振替えを防ぐ措置。そのためには、課税対象を広くして、非課税扱いなどの課税優遇資産を少なくすべきです。しかし、これまでの純資産税採用国は、価値評価の困難さや産業保護の理由から、非上場株・農地などを課税優遇扱いにしてきました。この事実をふまえた対策が求められます。
 第三に、純資産税を採用していない国々や、いわゆるタックスヘイブン(租税回避地)への資産移転を防ぐ国際的なシステム。


Summers, A. (2021), Ways of taxing wealth: alternatives and interactions. Fiscal Studies, 42, 485–508.

  (執筆:馬場 義久)

日々是総合政策No.284

再考:純資産税(9)-相続税との比較

今回は、資産の世代間移転に注目し、累進的な純資産税と相続税を比較します。純資産税が毎年の資産に課税し資産保有の格差を是正する一方、相続税は親の死亡時に相続する資産に課税します。つまり、相続税は世代間の資産移転税です。
 たとえば、超富裕な親から莫大な遺産を相続した子は、自身で稼がなくても大学への進学を目指せます。逆に、家庭が貧しいために大学進学を断念する子もいるでしょう。
 相続税は,高額の相続ほど手取り資産を大きく減らし、後の世代での機会の不平等を緩和します。また、多くの場合、超富裕者の子が得た相続財産の大部分は彼の努力(労働供給等)の結果ではなく、裕福な家に生まれたという幸運によります。この時、相続税は強い説得力を得るでしょう(注、p.356より)。
 他方、個人単位で納税する累進的純資産税は、超富裕家計における資産の世代間移転に「補助金」を与えます。いま、3億円までの資産は課税せず、それを超えた額に5%の税を課すとします。10億円の資産を保有する親が4億円を、保有資産ゼロの子に移転すると、親の税は2000(=3500-1500)万円減り,子の税が500万円増えて、親子の合計で税が1500万円減ります。つまり、減税により超富裕家計の世代間移転を後押しするわけです。
 しかし、相続税にも課題があります。
 第一に、「死亡時のみの課税」が超富裕層に租税回避の時間を与えます。彼らは、早い段階から有能な税務専門家を雇い、様々な租税回避を図ることでしょう。
 第二に、本来、累進課税すべきは生涯にわたって得た相続の累積値です。よって、死亡時以前の生前贈与の捕捉が必要です。
 第三に、実際には課税ベースが狭くなります。配偶者の相続税は、配偶者控除や非課税措置により大幅に軽減され、また、家族間のスムーズな事業継承を狙って、農地・非上場株式等が非課税扱いにされます。
 最後に、注のp.357が示唆するように、機会の不平等緩和策について、相続税と他の施策(教育費援助策等)との役割分担も求められます。


 Adam,S., Besley,T., Blundell,R., Bond,S., Chote,R., Gammie,M.,et al.(2011),
  Taxes on wealth transfers. In Tax by design, The mirrlees review ,
  pp.347-367, Oxford University Press.

                        執筆 馬場義久

日々是総合政策No.280

再考:純資産税(8)-地方純資産税の再分配機能

 本コラムNo.271No.277で紹介したように、スイスとスペインは地方純資産税を採用しています。しかし、地方分権を想定した国と地方の税源配分論によると、再分配を目指す税制は地方税ではなく国税が望ましいとされます。分権下経済では、税率等が各地方により自主的に決定され地方間で税率格差が生じるので、富裕層が高税率の地域から低税率の地域へ移動しかねません。移動が生じると、高税率の純資産税による再分配は実現しません。純資産税が国税であれば税率等が全国共通なので、国内地域への移動誘因は生じません。ただ、以上は理論の話です。
 そこで以下、スペインでの実際を紹介します。注は、2011年に再導入された同国の純資産税をとりあげ、他の州からのマドリード州(以下、M州と記す)への移動を推計しました。M州に注目するのは、M州だけが純資産税の税負担をゼロとし、他の州はすべて、税率に基づき正の税負担を課すからです。
 まず、M州では、2015年の純資産税申告者数が2010年に比べ約6000人増加し、他方、16の他州の申告者数は平均で375人減少しました。なお、M州で申告を必要とするのは、居住地の確認と共に、申告資産と税率に基づき暫定税額を算定した上、それを全額税額控除し税負担をゼロとするからです。
 注意すべきは、M州への移動が主に虚偽の居住地申告であった点です。法律上、税負担ゼロを享受するには、主要な住宅による居住地がM州でなければならないのに、別荘等の所在地を利用したわけです。Evasion(脱税)の一種です。
 次に、M州では資産保有額の多い順に並べた上位1%層の資産額が、2010年に比べ16%増加しました。これは、仮に、税による移動がないとした場合の資産増加8.7%の約2倍です。他方、他の諸州では上位1%層の資産シェア(全資産額に占める上位1%層の資産額の割合)は減少しています。
 M州のみの税負担ゼロ措置が、超富裕層による税負担回避=虚偽の地域間移動を招いたわけです。以上から、注は、M州を国内的なタックヘイブン(租税回避地)と呼んでいます。

注 Agrawal, D., Foremny, D. & Martinez-Toledano, C. (2020),”Paraisos fiscales, wealth taxation, and mobility” IEB Working Paper 2020/15.

           (執筆 馬場義久)

日々是総合政策No.277

再考:純資産税(7)-スペインの純資産税

 スペインは1977年に純資産税を導入し、2008年に廃止の後、2011年に突然再導入しました。以下、注による再導入された純資産税の効果分析を紹介します。同国はスイス・ノルウェーと共に、現在も純資産税を採用しています。それはスイスと同じく州税であり、課税最低限・税率の設定等も州に委ねられています。
 注はCatalan(カタルーニャ)州に注目します。同州の純資産税収はスペイン全体の46%を占めます(2015年。第一位のシェア)。同税の課税最低限は70万ユーロ(約1億円)です。スイス (本コラムNo.271参照) に比べて高く富裕層を対象としています。
 注は、申告資産額の多い順に並べた上位50%分の申告書をデータとし、再導入された純資産税の平均税率の違いが、資産保有額や資産構成に与えた変化-2011年の値に比べた2012年から2015年までの値-を推計します。ここで
 各人の平均税率=税額/申告資産=法定税率×課税資産/申告資産 
と表せ、申告資産は課税資産と非課税資産の合計ですので、平均税率は、納税者の保有資産に対する税負担割合-負担率-を示します。
 主な推計結果は、平均税率0.1%の増加は課税資産の3.24%の減少(2012年から2015年の累計)を招くというもので、その主因として、貯蓄の減少ではなく租税回避を導いています。
 租税回避の第一は、中小企業の会社株の非課税措置を利用するものです。個人が会社株の5%以上を所有していれば非課税となります。
 第二は、純資産税≦0.6×課税所得-所得税 という純資産税の負担上限措置の活用です。この右辺には1年以上保有した資産のキャピタルゲインは算入されません。たとえば、配当を分配する投資信託を減らし、非分配型の投資信託を購入しキャピタルゲインを得ると、配当分課税所得を減らせる一方、キャピタルゲインは課税所得を増やしません。結局、純資産税の負担上限値を低くできます。
 以上の富裕層の租税回避行動は、純資産税の格差是正機能を限界づけるでしょう。


Durán-Cabré, J., Esteller-Moré, A. & Mas-Montserrat, M. (2019), Behavioural responses to the (re)introduction of wealth taxes: evidence from Spain. IEB Working Paper 2019/04.

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.274

再考:純資産税(6)-スイスの純資産税(続)

 今回は、注によるスイスの純資産税の効果分析をとりあげ、その要点を解説します。注は、2009年に各州が実施した純資産税率引下げによる課税資産の増大効果とその要因を明らかにしています。なお、同国の純資産税は税率決定権のある州の税です(本コラムNo.271を参照)。注では、隣接しているLucerna州とBern州の個人税申告データが使用されています。以下、L州とB州と記します。L州の税率は0.56%から0.28%へ、B州は0.74%から0.64%へ引下げられました。
 さて、L州での申告課税総資産の増加率(2009年から2015年までの増加の合計を2008年の値で割ったもの)が60.9%、B州が20.3%なので、その差40.6%を税率引下げの総反応と呼び、これを100%として、申告課税総資産の増大に寄与した要因を推定しています。
 まず、総反応の20%が不動産の価格増加によります。税率低下により、税引き家賃・地代(持家の帰属家賃などを含む)が増え、不動産価格が上昇します。次に総反応の24%が、L州への納税者の純移住増加です。国内だけでなく外国からの移住者も含ます。最後に50%が、L州に在住し続けた住民の申告課税金融資産の増大です。
 総反応50%の要因を精査すべく労働や貯蓄の増大を検討したところ、前者の効果はなく、後者も総反応の4.3%に過ぎません。注はこの点を踏まえ、その重要な要因として脱税の減少を示唆しています。ここで注目すべきは、スイス国内の銀行には顧客の金融資産について「秘密保持」が認められている点です。つまり、銀行口座の金融資産については納税者の自主申告であり第三者が介在しません。脱税のコストが低く中間層による脱税も可能です。他方、脱税は税率が高いほどメリットが大きい。大幅な税率引下げが脱税の誘因を弱め、申告される課税金融資産が増大したというわけです。
 純資産税減税の主要な効果として、貯蓄の増加ではなく脱税の減少を示唆した点、意義深いと思います。資産保有階層別にみた脱税の実態解明が求められます。


Brülhart,M,J,Gruber,M,Krapf,and K,Schmidheiny [2019]“Behavioral Responses to Wealth Taxes: Evidence from Switzerland.” CESifo Working Papers 7908.

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.271

再考:純資産税(5)-スイスの純資産税

 今回はスイスの純資産税の仕組みを紹介します。その税収は、2020年に対GDP比1.1%を占め、欧州の他の純資産税採用国であるノルウェーの0.5%、スペインの0.2%を上回っています(注1より)。
 スイスの純資産税の特徴は、第一に、州と市町村の税として課税される点です。26の州が自主的に税率・課税最低限を決定し、2300の市町村は当該州の税の一定率の税収を得ます。純資産は基本的に納税者の居住地で課税され、住宅などの不動産のみがその所在地で課税されます。(注2,pp.5-6より)。低い税負担地域への納税者の移動を起こしかねません。
 第二に、2018年の課税最低限は、夫婦の家計で最低の州が5.5万ドル(743万円)で最高の州が25万ドル(3375万円)の値です。この額を超えた純資産額に課税されます。州と市町村を合わせた税率は0.1%から1.1%に分布しています(注3,p.211より)。ちなみに、米国民主党のサンダー議員が提案した純資産税は、課税最低限が3200万ドル(43.2億円)、最高限界税率8%です(注3,p.212,表1より)。
 課税最低限と税率が低いスイスの純資産税は累進度の低いタイプです。また、課税対象者に富裕層に加え中間層を含めています。
 さらに、スイスには、株式等の金融資産のキャピタルゲイン税がありません (注2,p.6より)。つまり、純資産税はキャピタルゲイン税の部分的な代理を担っています。部分的とは、金融資産のキャピタルゲインの正常利潤のみに課税するという意味です。
 以上のようなスイスの純資産税の仕組みは、富裕層との格差是正(再分配)機能を限界づけることでしょう。


1.OECD URL [2022]
https://stats.oecd.org/viewhtml.aspx?datasetcode=REV&lang=en
2.Brülhart,M, J,Gruber,M,Krapf,and K,Schmidheiny [2019]“Behavioral Responses to Wealth Taxes: Evidence from Switzerland.” CESifo Working Papers 7908.
3.Scheuer,F,and J.Slemlod [2021]“Taxing Our Wealth” Journal of Economic Perspectives,Vol.35,pp.207–230.

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.269

再考:純資産税(4)-超過利潤の課税

 本コラムNo.266で述べたように、純資産税は投資家が実際に得た資産収益に課税せず、投資家全体に共通の「みなし収益率」に基づいて課税する資産所得税の一種です。
 いま、市場利子率4%(国債等安全資産の収益率)のもとで、税率1%の純資産税を採用したとします。Wを負債控除後の純資産とすると
 純資産税負担=0.01×W=(0.01/0.04)×0.04×W
 より、この純資産税は, 資産所得税率を25%、みなし収益率を4%とする、みなし資産所得税と等価です。
 いま、殆どの投資家が実際に4%の収益をあげ、他方で7%の収益を得た投資家もいると想定しましょう。この場合でも純資産税は、7%のうち4%分しか課税しません。
 7%-4%=3%分を超過利潤と呼びます(超過利潤について詳しくは注1,36頁を参照)。金融資産の超過利潤とは、市場利子率という事前の期待収益率を上回る収益のことです。他方、市場利子率4%分を、事前の期待どおりの収益という意味で正常利潤と呼びます。つまり、純資産税は正常利潤のみに課税します。
 超過利潤を生む代表例はキャピタルゲインです。キャピタルゲインは資産(株や土地等)の値上り益(=売却額-購入額)のことです。たとえば、斬新な技術革新を行った企業の株価は、市場利子率を上回る上昇を示します。
 ちなみに2016年において、全米で所得が1000万ドル(約13億円)超の富裕者-所得基準のスーパーリッチ-が得たキャピタルゲインは、彼らの全所得の46%を占めます(注2,194頁)。富裕者ほど豊富な情報に基づいて株式投資を行えるので、多くの超過利潤を取得したことでしょう。もちろん超過利潤は消費機会を増やしますので、課税の公平の見地からは課税すべきです。
 しかし、純資産税はこの超過利潤を課税しません。スーパーリッチが他階層より多額の超過利潤を得る場合、所得格差是正の観点からは、キャピタルゲインによる超過利潤の課税強化が求められます。この点からすれば、純資産税には限界があります。


1.八田 達夫 [1996]「所得税と支出税の収束」、木下和夫編著『租税構造の理論と課題』税務経理協会、25-58頁。
2.Scheuer,F,andJ.Slemlod [2020]“Taxation and Superrich”,Annual Reviews of Eonomics,vol.12,pp.189-211.

(執筆:馬場義久)