日々是総合政策No.288

再考:純資産税(11)-超富裕層の脱税

 今回は、Alstadsæter et al.(2019)の研究に基づいて超富裕層による脱税の実態を紹介します(注)。言うまでもなく、脱税(Tax Evasion)は税法違反であり処罰の対象となります。
 この研究は、北欧(スウェーデン・ノルウェー・デンマーク、以下同じ)の居住者が、海外(非居住地)の金融口座を利用して行った脱税を資産階層別に推計しています。北欧は他の多くの国と同様、世界所得課税方式を採用しています。よって、その居住者は、海外の金融機関にある資産や資産所得を申告し納税する義務があります。
 分析に使用したのは、主に、スイスのHSBC銀行及びモサック・フォンセカ(Mossack Fonseca:パナマの法律事務所)のリークデータです。前者はSwiss Leaks(2007),後者はPanama Papers(2016)と呼ばれます。ちなみに、前者では、顧客30412人(その大部分が脱税者)の内部記録が漏出しました。
 この研究は、リークデータの隠し口座等とノルウェー・スウェーデン・デンマークの申告書データ等を照合し、三国をあたかも「北欧一国」であるかのように統合した上で、家計における資産階層別の脱税を推計しました。なお、北欧では資産・所得のミクロ・データが整備されています。
 その主な推計結果は、全家計を純資産保有額の多い順に並べた最上位0.01%の家計(純資産保有額5000万ドル超)の脱税率が25%というものです。ここで脱税率は、海外の金融口座による脱税が、支払うべき税(=海外口座分の税+国内の純資産税・資産所得税・勤労所得税等)に占める割合です。
 なぜ、このような超富裕層の脱税が可能なのか?この研究によれば、たとえばスイスに、資産隠しなど「脱税サービス」を売る銀行が存在するからです。この種の銀行は、主として超富裕層を顧客とします。この階層からは巨額の料金収入が得られ、しかも、顧客数が少人数なので発覚の確率が低くなるからです。
 以上から、Alstadsæter et al.(2019)は、超富裕層の脱税を減らすには、脱税の需要者(脱税者)に対する刑罰の強化より、脱税サービスの供給者(金融機関等)に対する制裁が有効と述べています。

(注)
 Alstadsæter, Annette, Niels Johannesen, and Gabriel Zucman (2019) “Tax Evasion and Inequality.”American Economic Review 109 (6): 2073–2103.

(執筆:馬場 義久)

日々是総合政策No.227

ミャンマーのこと ビルマのこと

 「砂の牢獄」というと、砂漠のまん中では鉄格子もないのに牢獄にいるイメージを浮かべる。ところが、40年近く前に住んでいた当時のビルマ(ミャンマー)は「緑の牢獄」と言われていた。緑と牢獄はどうも似つかわしくなく哲学的に感じるが、それは現実だった。
 厳しい軍政下で政治的にも経済的にも自由がない。お金があっても賛沢できない。金持ちでも植民地時代の建物を修繕した自宅に大型テレビとビデオデッキを買うくらいである。派手に事業を行うと国有化される恐れがある。闇市で高額な外国製品を買っても目を付けられる。といって、高級食材を買っても召使などを沢山雇っても安すぎる。結局、金持ちはお金の使い道がなく、隠れて宝石を買い集めるとか、朽ち果てたゴルフ場でパッティング一打10万円の賭け事をやる(お金が金持間で移動)とかになる。政策的に金持ちに貧しい生活を強いる。貧乏人は元々物を買えないので、誰もが不幸な国であった。もちろん、政治的な話をすればいつ密告されるか分からない監視社会だ。
 ミャンマーは1948年の独立後も政治混乱が続き、1962年のクーデター後の軍政は、武力で少数民族の武装勢力などを抑え込むとともに、仏教思想を取り入れた「貧しさを憂えず、等しからざるを憂う」というビルマ式社会主義を掲げ、農業部門では地主への小作料廃止や商工業部門での国有化が推進された。同時に外国資本の排除、消費物資等の輸入制限、外国人の入国・海外渡航制限など鎖国体制を築いた。結果、1人当たりGDPは170米ドル(1985年)で最貧国となった。それでも有史以来飢餓のない国で、どんなに貧しくとも主食のコメだけはあり、仏教に裏打ちされた互助的な社会システムもある。
 昨年まで数回訪れた最大都市ヤンゴンでは、新築のビルが目立ち、道路は渋滞し、ショッピングセンターに人が溢れ、近代的なレストランもホテルも増え、明るい笑顔と活気があった。クーデターを起こした国軍も経済的自由を保障して経済発展を進める意向だが、外国投資は減少し発展は困難になる。しかもクーデター前の政権政党は少数民族の武装勢力と連携を取り、混乱は長引きそうである。
 夏が来る。目に焼き付いた眩しい緑。人々は緑の牢獄に耐えられるだろうか。

(執筆:元杉昭男)