日々是総合政策No.159

新型コロナウィルス感染拡大世界一の米国の真の病理(下)
―基底にある医療保障制度の不備と経済格差―

 米国の所得格差について、少し詳しく検討してみよう。A.スタンズベリーとL.H.サマーズは、最近の論文「労働者の力の衰退と独占体の力の上昇」において、民間部門の組合の組織化と力が落ち、最低賃金の実質価値が低下し、株主の積極行動が強まり、経営者のむこうみずな経営戦略が広がるといったような形で、労働者の力が衰退してきたために、所得が労働者から資本の所有者に移され、労働分配率の低下や企業価値・マークアップ値の上昇を招くようになったと主張している。
 被用者の労働分配率(賃金・給料を付加価値額で除したもの)は、米労働統計局のデータで見てみると、1970年の58.1%から1990年の55.7%へと低下してきたが、2000年代に入ると2000年の57.1%から2015年の52.8%へと大きく落ち込んできている。
 議会予算局(CBO)の「家計所得の分布(2013年)」によると、全家計の所得源泉中の労働所得のシェアは、1979年77.4%、2013年72.5%であるのに対し、トップ1%所得層(最富裕層)の労働所得のシェアは、1979年33.1%、2013年36%と随分低い。上述のような長期にわたる労働分配率の低下は、トップ1%所得層は別にして、それ以外の所得階層、特に中・低所得層の実質賃金を停滞させ、所得格差を広げることになった。
 他方、資本所得分配率(課税前・政府移転前民間全所得に対する資本所得の比率)を、米経済分析局のデータで見ると、1980年代初めの40%未満から2010年代中頃には46%以上にまで上昇している。トップ1%所得層では、上記CBOの資料によれば、資本関連所得のシェアは、全家計平均で約20%であるのと違って、60%台と大変高くなっている。資本関連所得の主なものは、資本所得、キャピタル・ゲイン、事業所得であるが、特に事業所得のシェアが1979年の10.8%から2013年の23.2%へと上昇している。これは、1986年レーガン税制改革で個人所得税最高税率が法人税最高税率より引き下げられたため、法人税を納めていた多くのC(普通)法人が法人所得を株主に通り抜けさせるS(小規模事業)法人やパートナーシップに転換したことが契機となっている。すなわち、S法人やパートナーシップの利潤は毎年完全に株主に配分されるので、事業所得が伸びたのである。ここに、米国の株主資本主義化の一端をみることができる。

(執筆:片桐正俊)

日々是総合政策No.157

新型コロナウィルス感染拡大世界一の米国の真の病理(上)
―基底にある医療保障制度の不備と経済格差の深刻さ―

 先進国の中で米国ほど、新型コロナウィルスの感染拡大によって、その社会体制の構造的欠陥を白日の下にさらしている国はない。ジョンズ・ホプキンス大学の集計によると、7月7日現在世界の感染者数1162.6万人のうち、米国は293.9万人で25%を占め、世界一感染が拡大している国である。その一番の原因は、トランプ政権がウィルス検査体制を整えず、感染症対策に消極的で、対策を打っても後手に回ってしまったことにある。しかし、それだけではない。根底に、米国には医療保障制度の不備と1970年代から続く経済格差の拡大という2つの構造的問題がある。
 他の先進国のような国民皆医療保険制度のない米国では、民間医療保険が中心で、公的医療保険制度として65歳以上高齢者向けメディケアと低所得者向けメディケイドしかない。オバマ政権の時に国民に民間医療保険への加入を義務付けたが、トランプ政権がその義務を撤廃したために、医療保険に加入していない無保険者が約2900万人もいる。この多くは、貧しく民間医療保険に入れないでいる。
 会社の提供する民間医療保険に加入していても、コロナウィルスの影響で完全に解雇されれば、無保険者に転落する。当然のことながら、検査や医療を受けられない低所得者・無保険者が相対的に多いヒスパニックや黒人は、白人と比べて、糖尿病や心臓病等の基礎疾患を多く抱えており、コロナウィルス感染・死亡リスクは高くなる。
 次に、経済格差についてみておこう。OECDの「所得分布データベース」により、先進5カ国の家計の政府移転後・課税後可処分所得のジニ係数(係数が1に近いほど格差が大きく、0に近いほど格差は小さい)を2017年について比較すると、米国0.390、英国0.357、日本0.339、ドイツ0.289、フランス0.292となっており、米国の所得格差が一番大きい。また、可処分所得の中央値の50%未満の所得しかない人口が全人口に占める比率を貧困率として比較すると、米国17.8%、英国11.9%、日本7%、ドイツ10.4%、フランス8.1%となっており、米国の貧困率が非常に高い。こうした経済格差の深刻さこそが、医療保障制度の不備と相俟って、米国を世界一の新型コロナウィルス感染大国にしてしまっているのである。

(執筆:片桐正俊)

日々是総合政策 No.30

トランプ大統領の公約と財政面から見た真実(下)

 トランプ大統領は、2016年の大統領選挙に際して大規模減税で経済成長を促し、雇用増を図ろうとする、共和党伝統の政策を掲げた。特に法人税率の35%から15%への引下げ、所得税率の3段階簡素化、遺産税の見直し等の大規模減税を公約にした。トランプ政権は17年12月末に公約そのままではないが、レーガン減税以来といわれる、10年で約1.5兆ドルの大規模減税法(2017年減税・雇用法)を成立させ、18年1月から実施に入った。その内容は、①法人税率を35%から21%に18年から引下げ、②海外所得の還流時課税を廃止し、海外資産に一度切り課税、③所得税最高税率の引下げ、④遺産税の減税、⑤オバマケア罰則金廃止等である。果たしてその経済効果はどうか。
 トランプ政権は、減税効果で実質GDP成長率が18年に3.1%それ以降20年まで3%を超える状態が続くと強気であった。だが、18年は2.9%の成長にとどまった。超党派の議会予算局の「予算と経済見通し2019-2029」は、減税効果が薄れる20年以降は実質成長率が19-23年2.0%、24-29年1.7%に落ちるとする低い予測を出している。
 また、トランプ政権は、減税や規制緩和で経済成長すれば、税収増で財政収支は改善し、任期の8年で債務を完済すると主張した。だが、法人税収が22%も減少し、18年度の財政赤字は、前年度より17%増えて7790億ドルとなった。議会予算局は上述の資料で、財政赤字は20年度が8960億ドルだが22年度は1兆ドルを超えて増えて行き、29年度には1兆3100億ドルになると予想する。政府債務は18年度の15.8超ドルから8年後の26年度には24.6兆ドルに膨らむと予想する。
 さらに、トランプ政権は、減税・雇用法は中間層と中小企業のために減税だと主張していたが、現実は違う。租税政策研究所の資料「共和党税法下の租税便益の大半は最富裕層に帰着」によると、同法が27年まで完全に実施されたとして、減税便益の99.2%がトップ5%の家計(富裕層)に行き、第3五分位を中間層とするとこの層は2.1%便益が減る。
 以上、トランプ政権の財政(減税)政策は、経済成長、財政赤字改善、減税便益の効果のいずれの点においても、短期的な効果は多少あっても長期的には効果が低いか望ましくない結果になるというのが、真実の姿である。

(執筆:片桐正俊)

日々是総合政策 No.24

トランプ大統領の公約と財政面から見た真実(上)

 トランプ氏ほど公約にこだわる大統領も珍しい。彼は、2020年11月の大統領再選を目指し、「米国第一」のための公約実現こそが有権者の信認を得る一番の近道だと考え、そう行動してきた。では、16年の大統領選挙で掲げた主な公約はどの程度守られているのか。
 通商政策では、北米自由貿易協定からの脱退を公約したが、再交渉により米国に有利な米国・メキシコ・カナダ協定に合意させ、批准に向け動いている。環太平洋パートナーシップ(TPP)協定については、公約通り離脱を表明した。関税を使って米国に有利に二国間貿易交渉を進めるために、関税ゼロを目指すTPPを離脱したのである。そして、高関税化等で対中国貿易赤字の解消を公約していたが、実際に対中貿易交渉で、18年7月以来第1弾~第4弾の制裁関税を課そうとし、中国もこれに反撃の制裁関税を発動する動きになって、米中貿易戦争にまで発展している。
 環境政策では、地球温暖化対策の国際的枠組である「パリ協定」からの離脱を公約していたが、実際に離脱を表明した。エネルギー政策では、資源開発に対する規制緩和を公約していたが、天然ガスや原油などエネルギーを運ぶパイプラインの建設を促進する大統領令に署名している。金融政策では、2007-09年金融危機の再発防止を目的とした2010年金融規制改革法の廃棄を公約していたが、18年に中小銀行に対する規制緩和などの部分緩和の同法改正を実現している。
 移民政策では、メキシコ国境に壁建の建設を公約したが、その財源を下院民主党の反対で直接予算化できないので、非常事態宣言をして国防予算から捻出する方針である。
 医療政策としては、医療保険への加入を義務付けた2010年医療費適正化法(オバマケア)の完全廃止と別制度の導入を公約したが、2017年減税・雇用法においてオバマケア罰則金の撤廃を実現できただけである。財政政策の公約(減税政策)は、次稿で詳しく述べる。
 トランプ大統領は、上述のように公約を守ろうとしている点で「立派」に見えるかもしれないが、公約そのものが時代に逆行していたり、それを独りよがりに国際ルールや民主主義を無視して推進しようとするなど、国内外から批判を受け、望ましくない結果も生じている。

(執筆:片桐正俊)

日々是総合政策 No.17

高等教育無償化と地方私大の公営化(下)

 文部科学省「平成30年度学校基本調査(確定値)の公表について」をみると、学部・大学院を含む大学の学生数は2018年度約291万人で、そのうち私大の学生は約214万人(約74%)である。大学数は782校でうち私大は603校(約77%)である。量的には圧倒的に私大が日本の高等教育(大学教育)を支えている。ところが、旺文社教育情報センター「地方私立大の“公立化”!」によると、2016年度には私大全体577校中257校(44.5%)が定員割れを起こしている。入学定員800人未満の小規模私大は私大全体の72%にもなる。今後18歳人口が減少していく中で、定員800人未満の小規模地方私大を中心に、約300大学の経営が成り立たなくなるという「エコノミスト」(2018年7月24日号)の指摘もある。
 前回にも述べたように(⇒No.13を参照)、高等教育無償化措置によって学生の地方から大都市圏への進学移動が生じた場合に、地方の小規模私大の経営は間違いなく成り立たなくなる。その先取り支援策として注目されるのが、地方自治体による私大の公立化で、これまでに全国で10私大が公立化された。日本私立大学連盟は、「高等教育政策に対する私大連の見解」や「高等教育に対する公財政支援の現状と課題―私立大学を中心に―」等において、高等教育の無償化は国・私立大学間の授業料・奨学金格差を固定化さらに拡大しかねないとし、国に対して経常費補助金の拡充や国・私立大学間格差是正等を要請しているが、1000兆円を超す債務を抱えている国に多くを期待しても実現しそうにない。
 となると私大の公立化もやむを得ないように思えるが、ただそれも上述の旺文社資料によれば、財源の相当額が地方交付税で措置されているので結局は国の負担となる。いずれにせよ、国・公・私立大学に対する国の財政負担や家計の負担の在り方を根本的に問い直すことと大学の統廃合が避けられない時代を迎えていることは間違いない。

(執筆:片桐正俊)

高等教育無償化と地方私大の公営化(上)

日々是総合政策 No.13

高等教育無償化と地方私大の公営化(上)

 2018年の文部科学省「高等教育の将来構想に関する参考資料」と同省「平成30年度学校基本調査(確定値)の公表について」によれば、18歳人口は、ピーク時1992年の205万人から減り続け2018年には118万人になり、さらに2030年には103万人になると予測されている。その中で、逆に大学(学部)進学率は1989年度の24.8%から2018年度には53.3%にもなり、大学・短大・高専を合わせた高等教育機関進学率も2018年度には81.5%にも達し、いずれも過去最高となった。大学数は、1989年度の499校から2018年度には782校にまで増加している。大学の定員増が大学進学率の上昇をもたらしているのは間違いない。しかし、このような高等教育の発展も、今後18歳人口がさらに減少していく見通しの中で、手放しでは喜べない厳しい現実に既に直面している。
 日本の高等教育費の負担は、公的負担依存型の北欧諸国等と違って、家計依存型となっている。そのため、財務省の資料「所得階層別の高等教育進学率」によると、所得格差が大学や高等教育機関の進学率格差となって表れている。そこで政府は、2017年に「新しい経済政策パッケージについて」で、全世代型社会保障改革の一環として高等教育の無償化・負担軽減政策を打ち出し、10%への消費税引上げを財源に2020年4月からそれを実施する予定である。
 2019年5月10日成立の高等教育無償化法によると、その内容は、大学、短大、高専、専門学校の学生に対し、授業料・入学金の減免と返済不要の給付型奨学金支給を行うものである。住民税非課税世帯及び世帯年収380万円未満の低所得世帯の学生が対象となる。教育の機会均等の点から評価できる施策であるが、懸念される事柄もある。大和総研レポート(2019年4月5日)も指摘しているように、高等教育無償化措置により、大都市圏への学生の集中と地方の学生流出超過の加速化が起こるのではないかという点である。

(執筆:片桐正俊)

高等教育無償化と地方私大の公営化(下)