日々是総合政策No.201

オンライン診療-カイザー・パーマネンテの事例を参考に(上)

 前回(No.186)は、アメリカにおけるCOVID-19の感染者数とオンライン診療の利用状況を概観しました。現在でも感染者が増加しており、12月26日までの累計数、死亡者数がそれぞれ約1,873万人、33万人になっています(注1)。
 ワクチンや治療薬の研究・開発が急務とされますが、オンライン診療は、①COVID-19の感染予防・早期検査につなげ、また、②基礎疾患患者の受診機会を確保する上で有用とされます。今回は、カイザー・パーマネンテの事例を取り上げます(注2)。
 上記の①について、ウェブサイト(Kp.org)において「COVID-19:Latest updates about the vaccine, testing, how to protect yourself and get care」等のコンテンツが設けられています。加入者は、この中の「Looking for care options? Start with an e-visit or COVID-19 assessment to share your symptoms and get guidance for care」をパーソナル・コンピュータや携帯端末により確認して、「I have a kp.org account」 ⇒ 「Start an e-visit」、「USER ID」、「PASSWORD」の入力後にオンライン診療となります(注3)。
 ②については、加入者は専用の「Member’s service」 ⇒ 「Start an e-visit」あるいは「Get care、USER ID」、「PASSWORD」を入力して、オンライン診療を受診します。①と②において、各加入者が最初に接する医師は、健診結果や診療・服薬歴を把握している担当医(主に家庭医等のプライマリケアに従事する医師)になります。
 これまでの実績の一例は、次のようになっています。

図 カイザー・パーマネンテのオンライン診療の実績(一例)
出所)Kaiser Permanente「COVID-19: The latest information」、「Kaiser Permanente’s Response」https://about.kaiserpermanente.org/our-story/news/announcements/coronavirus-the-latest-information(2020年12月26日最終確認)。
注)外来診療の約50%がオンラインによるものとされ、図の(1)には、上記①、②の利用者が含まれます(基礎疾患を抱えた加入者・患者がCOVID-19に感染したケースもあるとされます)。(2)のRxは処方箋の略称であり、薬剤の入手方法として、カイザー・パーマネンテの契約薬局での受け取り、あるいは自宅への郵送を選択することができます。Rxの中でCOVID-19関係の薬剤は、FDA(Food and Drug Administration)により承認されたもの、あるいは緊急使用の許可が得られたものになります(服薬指導もオンラインを通して行われます)。(3)は主にPCRの検査数ですが、検査外来に限らず、検査キット(郵送)の利用が増えています。この費用は(現段階では)無料とされ、原則的に連邦政府や州政府の補助金により賄われることになっています。検査方法については、Kaiser Permanente「Facts about COVID-19 testing」https://healthy.kaiserpermanente.org/health-
wellness/coronavirus-information/testing
を参照。

 PCR検査等の結果と症状、基礎疾患の症状により、在宅診療の継続、あるいは精密検査や入院等の判断がなされます。これらの早期対応と対面診療の補完として、オンライン診療が広く活用されています(注4)。
 次回は、これに関するカイザー・パーマネンテの運用・管理システムを整理します。具体的には、2005年以降に導入されたオンライン診療の方法を取り上げ、これが上記の①、②に応用されていることを見ていきます。

注1)Centers for Disease Control and Prevention「CDC COVID Data Tracker」https://covid.cdc.
gov/covid-data-tracker/#cases_casesper100klast7days(2020年12月26日最終確認)より。アメリカでは、10月末以降、感染者数、死亡者数が急増しており、前回(No.186)の10月21日時点ではそれぞれが約810万人、22万人でしたが、およそ3か月後の12月26日までに前者が1,873万人(1,063万人増)、後者が33万人(11万人増)となっています。
注2)カイザー・パーマネンテは、全米の9地域において医療保険事業を展開する非営利の民間保険団体であり、カリフォルニア州が中心拠点になっています(約1,200万人の加入者の中で、70%が同州の居住者です)。今回は基本的な方法を整理することにして、成果や課題については、詳しい情報が確認できた段階で、別稿において取り上げます。なお、カリフォルニア州は、感染率(人口10万人あたりの陽性者の割合)が高く、感染者数が全米で最多の約200万人となっています。
注3)加入者以外は、I don’t have a kp.org account ⇒ Start a COVID-19 assessmentにアクセスしてオンライン診療の受診となります。この場合には、医師は初診の患者として症状や既往症、治療・服薬歴を聴取・把握する必要があります(これに要する費用の一部は、州政府の負担とされます)。
注4)加入者がオンライン診療を受診する際には、原則的に追加負担は発生しません。主な理由は、カイザー・パーマネンテの医療保険事業の基本目的が「重症化・長期入院の抑制」(広くは予防医療の重視)にあり、オンライン診療はこのための方法の一つと考えられていることにあります。

(執筆:安部雅仁)

日々是総合政策No.186

オンライン診療(アメリカの動向整理)

 前回(No.163)は、COVID-19の感染者、基礎疾患等の患者それぞれの受診方法として、オンライン診療(遠隔診療)の基本的内容を整理しました。今回は、アメリカの事例を取り上げる予定でしたが、この前にオンライン診療の動向と主な課題を見ておくことにします。
 各メディアにおいて報じられているように、アメリカではCOVID-19の感染者が急増しており、CDC(Centers for Disease Control and Prevention)の調査によれば、2020年10月21日時点での感染者、死亡者がそれぞれ約810万人、22万人となっています(注1)。これらの対応の一つとして、COVID-19の感染予防と在宅診療、基礎疾患患者の受診機会の確保、それぞれを基本目的にオンライン診療が導入され、利用者が増加しています。図1は、こうした動向を示す一例です。

図1 オンライン診療の利用状況
*)調査の対象者は225,742名(18歳以上、無作為抽出)。
出所)CivicScience「Telemedicine Adoption Stagnant for First Time During Pandemic in August」より作成。https://civicscience.com/telemedicine-adoption-stagnant-for-first-time-during-
pandemic-in-august/(2020年10月20日最終確認)。

 COVID-19の感染者が拡大する前の2020年1~2月には、オンライン診療の利用者割合は11%程度でしたが、感染者が大きく増加した3月以降これが上昇して、8月には36%になっています(注2)。
 オンライン診療の増加に伴って(あるいはその促進策として)、いくつかの対応が検討・導入されています。一例として連邦政府は、医師-患者間でのアクセスを容易にする上で、HIPAA(Health Insurance Portability and Accountability Act)の罰則規定を一時的に緩和しました。これにより、無料・低負担の通話ツール(Google、Zoom、Skype等)でのオンライン診療の利用機会が拡大されることになりました(注3)。
 多くの保険団体では、COVID-19の検査に要する自己負担の引き下げや無料化を進めており、オンライン診療の報酬を設定・加算するケースも見られます(注4)。また、アメリカ医師会は、オンライン診療の利用者増加に対応する上で、医師用のマニュアルを作成・開示しています(注5)。
 アメリカでは、COVID-19の感染者拡大がオンライン診療の導入・拡充の大きな起点になっていますが、そのシステムは検討・構想の過程にあると考えられます。次回は、いくつかの保険団体の事例(システム)を取り上げる予定です。

(注1)Centers for Disease Control and Prevention「CDC COVID Data Tracker」より。https://
covid.cdc.gov/covid-data-tracker/#cases_casesper100klast7days
(2020年10月21日最終確認)。
(注2)オンライン診療は、慢性疾患やメンタルヘルスの健康相談、服薬指導と緊急時の対応、在宅診療の促進それぞれにおいても有用とされます(図1の「利用した/利用している」には、こうした患者も含まれます)。なお、患者の一定割合は、オンライン診療の有効性・安全性について懐疑的とされ、図1の「関心がない/考えたことがない」とする理由の一つは、これにあるとされます。
(注3)U.S. Department of Health & Human Services「HIPAA and COVID-19」https://www.
translatetheweb.com/?from=en&to=ja&ref=SERP&refd=www.bing.com&dl=ja&rr=UC&a=http
s%3a%2f%2fwww.hhs.gov%2fcoronavirus
(2020年10月20日最終確認)。これについては、プライバシー保護に関係する課題が指摘されています。
(注4)各保険団体の対応として、BlueCross BlueShield、Kaiser Permanente、UnitedHealth Group、Humana、Aetna等のウェブサイトが参考になると思います。それぞれの「保険団体名、COVID-19」を入力・検索すれば、概要を見ることができます。なお、医療機関においてもオンライン診療が導入されていますが、対応方法は異なっているようです。
(注5)American Medical Association「AMA COVID-19 Guides」https://www.ama-assn.
org/topics/ama-covid-19-guides
(2020年10月19日最終確認)。

(執筆:安部雅仁)

日々是総合政策No.163

感染性疾患の医療経済学(下)

 前回(No.137)は、感染性疾患の一つとして新型コロナウイルス(以下、COVID-19)を取り上げ、基本的課題を概観しました。日本では、経済や医療への影響を最小化する上でいくつかの対策がとられていますが、今回は、オンライン診療(遠隔診療)について検討します。
 オンライン診療は、「遠隔医療のうち、医師—患者間において情報通信機器を通して、患者の診察及び診断を行い診断結果の伝達や処方等の診療行為を、リアルタイムにより行う行為」(注1)とされます。COVID-19感染者の受診機会として、4月13日以降、時限的・特例的にオンライン診療が可能になりました(注2)。基本目的は、感染拡大の抑制、医療提供体制の維持にあり、これは、院内感染の抑止に限らず、経済への悪影響の長期化を回避する上で有用とされます。
 一方、基礎疾患等の患者がCOVID-19への感染を憂慮して通院を控え、これに伴う症状の悪化、重症化が懸念されています。オンライン診療は、こうした患者の受診機会を確保する方法の一つとしても重要性が増しています。
 本来、オンライン診療においては、かかりつけ医の役割と診療・服薬歴の把握が重要になります。一般に、医師と患者間でのテレビ電話(パーソナル・コンピュータ、携帯端末等)の活用が基本になりますが、初診の際にこうした情報が確認できない場合には、医師の適切な判断・処置が困難になるケースがあるとされます。また、再診以降、医師は診療・服薬歴を確認することができる一方、患者はこうした情報が手元にない状態でオンライン診療や対面診療を継続することになります。
 筆者は、かかりつけ医の役割に限らず、IT(ICT)が普及する中では、患者が健康と医療の情報を確認・活用できるシステムが重要と考えています。一例として、患者は自分の健康状態や治療・服薬歴を確認してセルフケアに取り組み、かかりつけ医の指導による健康維持・管理(緊急時の対応を含む)が可能になる体制が望ましいと思われます(注3)。
 これまで日本では「フリーアクセスの対面診療」が基本とされ、こうしたシステムは必ずしも重視されませんでした。次回は、COVID-19の感染者が特に多いアメリカにおいて、オンライン診療が通常の医療として実践される事例を取り上げます。

(注1)厚生労働省「オンライン診療の適切な実施に関する指針」
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000201789
pdf#search
)p.5。
(注2)厚生労働省「新型コロナウイルス感染症の拡大に際しての電話や情報通信機器を用いた診療等の時限的・特例的な取扱い」(https://www.mhlw.go.jp/content/000620995.pdf#search)等を参照してください
(注3)日本医師会では、「新しい生活様式」の一つとして、これに類似する「提言」がなされています(日本医師会「日医ニュース」2020年6月20日,No.1411を参照)。こうした方向でのIT(ICT)化を進める場合には、運用・管理システムの他に、診療報酬等の制度対応の検討が必要になります。

(執筆:安部雅仁)

日々是総合政策No.137

感染性疾患の医療経済学(上)

 医療の分類方法の一つとして、「非感染性疾患」、「感染性疾患」があげられます。前者は、主に悪性新生物、心臓疾患、脳血管疾患等の生活習慣関連病を指しており、感染の影響が無いとされます。後者は、インフルエンザ、肝炎、結核等を指しており、予防接種や早期治療により発症・感染予防が可能とされます。
一方、新型コロナウイルスは、現在(2020年4月11日)では予防や治療方法が確立されていないため、人への感染から地域や国、あるいは他国へも感染が拡大しています。今回は、感染性疾患の問題を取り上げて整理します。
 論点を分かりやすくするために、A、Bの2人の個人(労働者)を例に考えます。Aの所得をIa、BのそれをIbとして、IaとIbは労働時間により変動すると仮定します。以下では、(1)感染拡大の回避が可能なケース(インフルエンザ)、(2)感染拡大の回避が困難なケース(新型コロナウイルス)に分けて考えます。
 (1)について、Aが予防接種を受けずに罹患した場合、Iaの低下につながりますが、Bがこれを受けて感染しなかった際には、Ibは(少なくとも短期的には)不変です。両者が予防接種を受けずに罹患・重症化した場合には、IaとIbの減少により社会全体の所得が低下することにもなりえます。両者の健康と稼得機会を維持する上で、予防接種や早期治療等の予防医療が重要になります(注1)。
 (2)のケースでは、現在はこうした対応が不可能とされ、Aが感染した際のBの予防方法が限られ、IaとIbの減少につながる可能性が高くなります。こうした状態が長期化した場合には、消費の減少に伴う経済全体の停滞が懸念されます。
 感染拡大の主な予防策として、①手洗い・うがいの励行、②外出の自粛、③密閉空間・密集場所・密接場面の回避があげられますが、②と③が長期化した場合にも経済に悪影響が及びます。日本を含め、多くの国がこうした状態になりつつある(あるいは、そのようになっている)とも言われます。
 次回は、いくつかの対策(提案)の中でも、遠隔診療を中心に検討します。

(注1)これは一般に「外部経済」として議論されます。厳密には、予防接種等の費用と副作用、他者(他集団)への感染抑制効果を考慮する必要があります。

(執筆:安部雅仁)

日々是総合政策No.92

予防医療(下)

 前回(No.70)は労働者の予防医療を取り上げ、その意義を考えました。今回はこれまでの経緯を概観して、今後の課題と方向を整理します。
 一般に予防医療は、一次予防としての健康リスク・発症率の低減、二次予防としての重症化・長期入院の抑制を指しています。前者の方法は定期健診と健康管理・保健指導、後者の方法は検診による早期発見・早期治療が基本になります。労働者の予防医療の一例として、1988年の「トータル・ヘルスプロモーション・プラン」があげられ、主な目的は、一次予防による「心とからだの健康づくり」にあります。
 近年では、これを生産性の維持・向上と医療費の削減にも応用しようとする「健康経営」が提唱され、2009年頃より大企業を中心に導入されています(注1)。健康経営は、アメリカの「Health and Productivity Management」が日本に取り入れられたものとされ、民間のプログラムとして多くの企業に浸透することが期待されています(注2)。今後の課題として、主に次の3つがあげられます。
第1は、労働者の主体的参加と行動の促進策です。健康経営の基本的方法は「企業と保険者のコラボヘルス」にあるとされますが、IT(情報技術)の活用等による労働者参加型の予防プログラムが重要になります。また、成果向上のための経済的誘因の導入が有用とされます。
 第2は、一次予防と二次予防の連携です。前者の成果(健康リスク・発症率の低減)は後者の成果(重症化・長期入院の抑制)につながり、これらは生産性や医療費にも影響を与えます。このためには、一次予防と二次予防(あるいは健康経営と医療制度)の連携により、早期発見・早期治療を強化する政策が必要になります。
 第3は、長期的予防プログラムの導入です。健康経営により期待される成果の一つに健康寿命の延伸があげられ、このためには就労期の予防の取り組みが高齢期にも継続される必要があります。これについては、国民健康保険等での保健事業の強化やセルフケアの促進それぞれのプログラムが重要になります(注3)。
 前回と今回は労働者の予防医療を基本にその意義、経緯と課題を整理しました。次回以降は、医療制度の概要と改革の経緯を整理した上で、各人の生涯の予防医療の意義と方向を考えます。

(注1)「健康経営」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
(注2)「Health and Productivity Management」の概要については次の2つが参考になりますが、企業の業種や労働者の職種あるいは保険団体によりプログラムの内容は多様です。
ACOEM GUIDANCE STATEMENT(2009)“Healthy Workforce/Healthy Economy:The Role of Health, Productivity, and Disability Management in Addressing the Nation’s Health Care Crisis”, Journal of Occupational & Environmental Medicine. Vol.51, No.1, pp.114-119.
Hymel, P., R, Loeppke. and C, Baase, et al.(2011)“Workplace Health Protection and Promotion A New Pathway for a Healthier—and Safer—Workforce”, Journal of Occupational & Environmental Medicine. Vol.53, No.6, pp.695-702.
(注3)アメリカでは、以上の3つの課題に関連して参考になる事例がありますが、これについては別の機会に取り上げます。

(執筆:安部雅仁)

日々是総合政策No.70

予防医療(上)

 前回(No.42)は、日本の医療制度改革の経緯と方向を概観しました。医療制度改革の基本目的の一つは「国民皆保険制度の維持・安定化」にありますが、これにはいくつかの検討課題があり相互に関連しています。具体的には、①診療報酬、②薬価制度、③社会保険料と租税の負担(国民負担率)、④患者自己負担と高額療養費、⑤医療の提供体制(かかりつけ医機能、遠隔診療を含む)、⑥予防医療があげられます。
 こうした課題について、医療費と経済・財政の動向や人口と疾病構造の変化、治療・検査技術の進歩等が考慮され、改革が行われてきました。一般に①~⑤が重要課題になっており、これらを整理・検討した上で⑥の予防医療を取り上げる予定でしたが、近年ではその中でも労働者の予防医療の重要性が増しています(注1)。今回は、この意義を先に整理しておきたいと思います。
 労働者の予防医療は、主に経済産業省と厚生労働省、企業と保険者(健康保険組合等)において提唱され、大企業を中心に多様なプログラムが導入されています。一般にこうしたプログラムは、企業と保険者の協働(コラボレーション)によるものとされますが、労働者の主体的参加と行動が重要になります。
 予防医療の基本目的は、労働者の健康を長期的に維持・増進させることにあります。これにより期待される成果として、第1は労働生産性の維持・向上、第2は就労可能年数の延長があげられ、第3に重症化・長期入院の抑制による医療費軽減が期待されます。第1と第2は生産年齢人口が減少する中で有用とされ、第2は公的年金の繰下げ受給の選択につながる基本的要因にもなりえます(この場合には、高齢者雇用のあり方が問われることになります)。
 日本では(欧米の先進国に比べ)予防医療は必ずしも重視されていないとされ、また「予防による医療費抑制効果は明らかではない」とも指摘されます(注2)。こうした評価がなされていますが、健診・検査機器と検査技術(データ管理を含む)の進歩、疫学研究の進展により予防医療の質的向上が可能とされる現代では、予防医療には医療費の多寡では規定しえない意義があると言えます。
 今後の方向を考える上では、これまでの経緯と課題を整理する必要があります。これについては次回、「予防医療(下)」として取り上げます。

(執筆:安部雅仁)

(注1)一例として、日本経済新聞(2019年9月3日)「予防医療、企業を支援-社会保障改革 7年ぶり始動」が参考になります。
(注2)Cohen, J., P, Neumann. and M, Weinstein(2008)“Does Preventive Care Save Money? Health Economics and the Presidential Candidates”. The New England Journal of Medicine, Vol.358, No.14, pp.661-663.津川友介(2014)「予防医療のうち医療費抑制に有効なのは約2割」https://healthpolicy healthecon.com/2014/07/17/cost-saving-preventive-medicine/(2019年9月6日最終閲覧).

日々是総合政策 No.42

医療制度改革の方向を考える

 わが国では1961年の国民皆保険の制度的定着以降、受診機会の平等が基本的には保証され、長寿社会の実現や長い健康寿命、低い乳児死亡率等の成果が得られています。一方、医療費の増加に伴って医療保険財政の赤字が拡大しており、高齢化の進行と経済の低成長が長期的動向とされる現代において、医療制度改革は重要課題になっています。
 これまで制度の維持・安定化を基本目的に、診療報酬と薬価制度、医療提供体制それぞれの見直しがなされ、財源(財政)面では社会保険料と租税の負担、患者自己負担の改定が行われてきました。主な内容として、診療報酬については出来高払い制から定額払い制への段階的移行、薬価制度については薬価基準の引き下げが進められ、医療提供体制の再編として病床規制と在宅ケアの促進があげられます。財源に関しては、社会保険料と患者自己負担が引き上げられ、この他に「社会保障と税の一体改革」により消費税増税の財源の一部が医療保障に充当される予定です。
 以上が医療制度改革の基本的方向になっていますが、現代では予防(広義には予防医療)と遠隔診療の促進、かかりつけ医機能の強化がそれぞれ提唱され、主に厚生労働省と保険者(健康保険組合、協会けんぽ等)において議論されています。これらは「フリーアクセスの対面診療」が基本となるこれまでの受診・診療方法の変更にもつながる一方、発症率の低減と重症化・長期入院の抑制において有用と考えられています。
 具体例としてわが国では、他の先進国と同様に生活習慣やメンタルヘルスに関連する疾病が増加しており、対応方法の一つとして予防医療の中でも一次予防(健康増進と健康管理・保健指導)、二次予防(早期発見・早期治療)が重要になっています。一定の成果を得るためには、対面診療に限らず遠隔診療の活用が有益とされ、各人・患者と医師、とりわけかかりつけ医との長期・継続的取り組みが不可欠と言われます。
 これらは制度の維持・安定化よりも基本構造の見直しに関わるものであり、各人・患者の主体的参加と行動が求められます。こうした方向での改革は、予防と治療の連携方法や診療報酬の制度対応等いくつかの課題が残されていますが、今後の医療制度のあり方(あるいは限られた財源の使い方)の一つとして重要と考えられます。

(執筆:安部雅仁)