日々是総合政策No.174

Go to 震災遺構、Go to伝承施設

 東日本大震災から9年が経過し、来年の3月11日には10年をむかえます。被災自治体の復興計画では、計画期間を10年と設定しているところが多く、震災復興は新たなステージに移ります。そのような状況のなか、被災地では震災遺構や伝承施設が整備されてきています。震災の実態を正確に残すこと、さらには防災の観点から震災の教訓をしっかりと後世に伝えることは重要なことです。
 8月下旬、私は本務校の出帳で被災地の震災遺構や伝承施設を訪問する機会をえました。宮城県では、仙台市の荒浜小学校、名取市閖上にある津波復興祈念資料館などを訪問しました。また、岩手県では、奇跡の一本松がある陸前高田市の「いわてTSUNAMIメモリアル」、釜石市の「いのちをつなぐ未来館」などを訪問しました。これらの施設は自治体直営のものもあれば、NPOを含め純粋に民間で運営しているものもあります。そして、展示物や映像が中心の施設もあれば、被災体験をもつ語り部による説明が中心になっているものもあります。
 震災遺構や伝承施設は、震災の実態を記録する資料館であると同時に、震災の教訓を後世に伝える発信基地にもなります。ですから、震災遺構や伝承施設を整備し運営していくことは望ましいことですが、公の資金が投入されるという実態をふまえれば、被災地ごとに重複するような伝承施設が必要なのかという疑問が生じます。効率化を重視するのであれば、伝承施設は一定の被災地域をまとめたうえで整備することが望ましいでしょう。しかし、被災地ごとに震災の被害は異なっているのも事実です。ですから、被災地ごとに伝承施設が存在することにこそ意義があり、そのことが震災被害の複眼的な理解につながるという考え方も否定できません。
 今年の「Go Toトラベルキャンペーン」は、コロナウイルスの状況もあり、効果はあまり期待できません。来年は震災から10年という節目の年になります。その時の状況にもよりますが、キャンペーンに関係なく震災遺構や伝承施設を訪問することは有意義であると思います。百聞は一見にしかずとはこのことです。

(執筆:矢口和宏)

日々是総合政策No.56

正規雇用の定着には総合的な政策で

 人は産まれた年を選ぶことはできませんが、いつ誕生したかは、およそ20年後の就職活動の時期に大きな影響を受けます。
 今年の終戦の日、日本経済新聞の一面記事は、「『氷河期』100万人就職支援」というものでした。政府は、就職氷河期と呼ばれる1993年から2004年にかけて就職した人たちを対象にした就職支援を検討するということです。具体的には、支援対象者が正規雇用として半年定着した場合、対象者に職業研修を施した事業者に対して成功報酬型の助成金を支給するというものです。
 就職氷河期と呼ばれたころの日本経済は、バブル経済の崩壊、アジア通貨危機、不良債権処理の失敗による大手金融機関の破綻、アメリカのITバブル崩壊といった事象が続き、景気低迷が続きました。これらの事象は当時の新卒学生の就職活動に多大な影響を与えました。多くの学生は何十社も会社訪問を行わなければ内定を得ることはできませんでした。それでも多くの学生は内定を得ることができず、正規雇用を諦めて非正規雇用者となっていきました。現在、この世代の人たちは30歳代半ばから40歳台半ばにさしかかっています。近年、この世代の引きこもり者による事件が世間を賑わせていますが、事件を起こした者の多くは、就職がうまくいかずに引きこもったということです。
 この世代の人たちが非正規雇用者から正規雇用者になるということは、今後の労働力、社会保障の担い手になるということに加え、社会の安全といった点からも重要になるでしょう。ただ、仕事を続けるということは、個人の性格といった心理的な要因や会社の風土にも影響を受けます。いくら研修を受けて仕事上のスキルを身につけたとしても、本人が仕事を継続できるのか、正規雇用を与えてくれた会社の風土に合うのかが問題になるのです。それらの点を考慮しなければ、いくら金銭的な支援があったとしても正規雇用の定着は進まないでしょう。その意味でも、この政策は金銭的なものだけでなく、心理的な側面も取り込んだ総合的な政策が求められるのです。

(執筆:矢口和宏)