日々是総合政策No.127

大阪都構想と公共選択論(下)

 大阪都構想は、大阪市と大阪府の二重行政を解消するために、大阪市を廃止して四つの特別区にし、東京のような都区制度をつくるというものです。現在大阪市にある24の行政区の区長は大阪市長が任命する大阪市職員です。大阪都(法律の関係で名称は大阪府のままとされています)のもとでの特別区区長は選挙で選ばれますし、区議会もできます。住民自治が進むでしょう。現在大阪市が行っている消防や都市計画といった本来都道府県が担う権限は、大阪都にうつります。府と市で別々に行われている水道事業も統一されるでしょう。大阪府には現在33市9町1村の自治体がありますが、これが4区32市9町1村となり、自治体の数も増えます。ただ、4区には都区財政調整制度が残り、この4区は大阪都の中では別格の扱いとなります。他の市町村にはない区への大阪都政府の裁量も残るのです。
 大阪都構想は公共選択論からはどのように評価されるでしょうか。第1に、大阪市を廃止し四つの特別区にすることは、Wagner and Yokoyama (2014)にある単中心主義から多中心主義への移行とみることができ、望ましい。大阪市を民主的な四つの特別区にする大阪都構想は競争的連邦主義を促進するでしょう。
 第2に、大阪府による大阪市の吸収合併となる大阪都構想は、Migué (1997)が指摘する外部性の問題の内部化とみることができ、望ましい。Miguéは上位政府と下位政府が政治競争をすることによって共有地の悲劇が起こることを指摘しました。これは大阪市と大阪府の二重行政をうまく表現しているように思います。意思決定主体を一つにすることによって、この悲劇を回避できます。
 第3に、大阪都全体で見れば、4区に都区財政調整制度を残すのは、多中心主義の観点から望ましくない。Wagner and Yokoyama (2014)の競争的連邦主義は、政府の数を増やすことだけでなく、構成下位政府間の対等な関係を重視します。都区財政調整制度を持つ4区と持たない32市9町1村は、対等でなくなります。他の市町村におろしているが旧大阪市地域だけおろすことができない都道府県業務があるのでしょうか。引き続き考えていきたいと思います。

(執筆:奥井克美)

日々是総合政策No.125

大阪都構想と公共選択論(上)

 大阪都構想は公共選択論からはどのように評価されるでしょうか。今回と次回は、この点について考えてみたいと思います。
 公共選択論は政治の世界も経済学の原理でみていこうと問題提起し、多くの政治の失敗を明らかにしてきました。公共選択論では、政府がリバイアサンという怪獣になって人々を苦しめます。Brennan and Buchanan (1980)は、リバイアサン政府が税収最大化をはかるので課税権の制限を定めた憲法でこれを抑制することを説きますが、連邦主義での政府間競争が憲法の替りとなるといいます。地方政府間で競争が生じ、まずい行政サービスを提供していると、人々はその地を離れていくからです。
 これは地方政府の数が増えて競争する環境が望ましいとの意味を持ちますが、Oates (1985)は、政府の数が増えたからといって税収が減っているといえない、との計量分析結果を提示してBrennan and Buchananの主張に反対しています。Zax (1988)もデータ分析によって、政府の数が増えたからといって財政指標がよくなっているわけではない、と述べています。
 Migué (1997)は、上位政府と下位政府間の競争が過大な公共サービスの提供につながるといいます。Miguéが考える競争は、上位政府政治家と下位政府政治家が政治的利得のために競って共有地の石油を掘る公共事業を行うような状況です。どちらの政治家も自分にとって政治的利得を最大化するだけの公共事業を行いますが、結果として石油資源が枯渇します。政府間競争が望ましくない結果をもたらすとの議論で、注意しておかねばならないと思います。
 Wagner and Yokoyama (2014)は、連邦主義を競争的連邦主義とカルテル連邦主義に分け、前者が「自由」の概念と親和的で望ましいとの規範的な議論を展開しています。前者は対等な下位政府が自然発生的な合意に基づいて形成する多中心主義(polycentrism)を、後者は上位政府が独占的な力を持つ単中心主義(monocentrism)を特徴とします。政府の数を増やすという形だけの連邦主義ではなく、対等な主体が合意に基づく政策形成がしやすい環境をつくることが大切だとの議論です。

(執筆:奥井克美)

(注)参考文献
Brennan, Geoffrey and Buchanan, James (1980), The Power to Tax: Analytical Foundations of a Fiscal Constitution, Cambridge: Cambridge University Press.(深沢実他訳『公共選択の租税理論』文眞堂, 1984年.)
Migué, Jean-Luc (1997), “Public choice in a federal system,“ Public Choice, Vol. 90, pp. 235-254.
Oates, Wallace (1985), “Searching for Leviathan: An Empirical Study,” American Economic Review, Vol. 75, pp: 748-57.
Wagner, Richard E. and Yokoyama, Akira (2014), “Polycentrism, Federalism, and Liberty: A Comparative Systems Perspective,” George Mason University – Department of Economics, Working Paper in Economics, No. 14-10, pp. 1-30.
Zax, Jeffrey (1988), “The Effects of Jurisdiction Types and Numbers on Local Public Finance,” In Fiscal Federalism: Quantitative Studies, edited by Harvey Rosen, Chicago: University of Chicago Press, pp. 79-103.

日々是総合政策No.123

都区財政調整制度は必要なのか

 都区制度には、都区財政調整制度という仕組みがあります。都区財政制度は特別区間での財政格差を是正する仕組みです。特別区地域の税収の一部を都税として東京都に集め、これを23の特別区に割り振っています。大阪都構想が実現すれば、同様の仕組みが導入されます。今回は、この是非について考えてみたいと思います。
 都道府県や市町村といった地方公共団体の財政格差を是正する仕組みに地方交付税交付金制度があります。政策のために必要な金額(基準財政需要額)から通常時の税収(基準財政収入額)を引いた額を地方公共団体ごとに算出し、中央政府が国税として集めた税収を財源にして各地方公共団体に補填します。各地方公共団体と中央政府との間で行っているこのやりとりを、23の特別区と東京都と間で行っているのが都区財政調整制度です。都税には道府県税と市町村税の両方がありますが、固定資産税など他の市町村では市町村税であるものが都税として東京都に預けられ、これが特別区にそれらの格差を是正するようにして再分配されます。
 少し話が変わりますが、47都道府県と言います。同じ広域自治体であるのになぜ名前が違うのでしょうか。市町村の名前の違いの方は人口に対応していそうです。こちらは、なぜ四つも名前があるのでしょうか。明治政府は倒した幕府の領地の内、重要な地を「府」に、その他の地を「県」としました。さらに、廃藩置県によって諸大名が治めていた藩を廃止し、国土はすべて府県のどれかになりました。北海道の領域にも三県が置かれていましたが、三つもあるのは非効率ということになり、古くからある地名で一つに統一し北海道になりました。東京は首都ということもありますが、東京市と東京府を廃止し、府が市を吸収合併してできたことから東京都となりました。
 東京市にあった区が現在の23の特別区につながっています。都区財政調整制度は、この旧市内での格差をなくすための仕組みです。この制度を持つ杉並区と持たない三鷹市が同じ東京都の中に合って隣り合っている、というのは何かしっくりいかない気がします。2000年の地方自治法の改正によって、東京都の特別区は市町村と対等の基礎自治体となりました。都区財政調整制度はこの対等性を壊しているように思えます。

(執筆:奥井克美)

日々是総合政策No.119

大阪都構想は望ましいのか

 大阪都構想は大阪市を廃止し4つの特別区にするというもので、東京の都区制度を目指す面を持っています。しかし、栗原 (2012)は、都区制度が地方自治の失敗であるといいます。今回は、この観点からの大阪都構想反対論をみていきます。
 日本の地方自治制度は、基礎自治体である市町村と広域自治体である都道府県の二層制をとっています。しかし、大都市に関しては、これとは別に二つの特別の制度が存在しています。一つは政令指定都市制度で、もう一つが都区制度です。政令指定都市制度は、市に大きな権限を与え、広域自治体が持っているそれを一部担わせます。一方、都区制度は、広域自治体に大きな権限を与えるもので、東京都だけがこれを採用しています。東京都は府県の権限に加えて、基礎自治体としての権限も持っています。東京都は23区の存在しない地域では広域自治体としての性格を持ち、23区が存在する地域では基礎自治体としての性格を持っているのです。
 大阪都構想は、政令指定都市制度から都区制度への変更ととらえることができます。しかし、栗原 (2012) は、これを区から市へという戦後目指された「東京都区制度改革」と逆行するものである、と批判します。東京都ができたのは戦時下の1943年で、首都防衛の意味もありました。東京市と東京府が廃止となり、従来の東京府の区域に東京市と東京府を合体させた新しい団体である東京都が誕生しました。1974年に地方自治法が改正され区長公選制が再導入され、特別区の自治権の拡充がなされました。さらに2000年の地方自治法の改正によって、東京都の特別区は基礎自治体となりました。戦時下でできた統制色の強い制度を、住民の意向を反映させるそれへと制度変更してきました。
 栗原 (2012) はしかし、これではまだ足りない。東京都に残っている基礎自治体の権限をすべて特別区にうつし、都区財政調整制度も廃止すべきである、といいます。東京の特別区である23区は、市を目指す方向で改革を進めていくべきにもかかわらず、大阪都構想はこれと逆行する動きで後退である、というのです。考えなければならない論点であると思います。

(注)栗原 (2012)は、栗原利美著・米倉克良編 (2012)『東京都区制度の歴史と課題:都区制度問題の考え方』公人の友社, です。
 同じ主張は、川上哲 (2019)「東京都区制度の現状と課題から何を汲み取るか:大阪都構想による住民自治の後退」『住民と自治』2019年12月号, pp. 24-27, にもみられます。

(執筆:奥井克美)

日々是総合政策No.54

大阪はどう変わるのか(下)

 前回(No.49)述べたような大阪市と大阪府の二重行政を解消するために、大阪市を廃止し、東京23区のような特別区をつくる、というのが大阪都構想です。ご存知のように東京都は23の特別区と市町村からなっています。特別区と市町村は基礎自治体として同じような仕事をしますが、特別区は市町村より予算について都との調整が必要となるなどの制約を受けます。大阪都構想には、政令指定都市として強大になった大阪市を抑え、大阪府(あるいは大阪都)の管理下に置くという側面があります。二重行政の解消の仕方としては、強大な大阪市を大阪府から独立させる特別市構想もありますが、これは本格的な動きになりませんでした。大阪都構想は、北村亘『政令指定都市』(中公新書, 2013年, pp. 213-215)に指摘があるよう、大阪市を解体してつくった特別区を大阪府が垂直統合する府主導の地方自治改革なのです。特別区の区長を選挙で選び住民自治を強化するという側面も大阪都構想は持っていますが、集権体制を強化する、地方分権が通常意味するのとは逆の面を持つ改革であることは、おさえておく必要があると思います。
 大阪都構想の選択については、現在進められている形とは少し違いますが、大阪市民による住民投票が2015年5月に行われています。当時大阪都構想推進の中心であったのは大阪維新の会代表で大阪市長の橋下徹氏でした。橋下氏を含め大阪維新の会所属の政治家は選挙で連戦連勝を重ねていましたので大阪都は実現するかに思われましたが、住民投票の結果は僅差の否決でした。大阪市がなくなることに対する市民の抵抗感が大きかったのかもしれません。この結果を受け、橋下氏は政治家を引退することになりました。しかし、大阪維新の会は勢力を保ち続け、前回述べた松井・吉村両氏の当選によって、再挑戦の下地が整うことになったのです。2019年4月の選挙結果などを受け、公明党も大阪都構想に理解を示すようになり、再び住民投票を2020年に実現させる動きが加速しています。大阪がどう変わるのか、注視したいと思います。

(執筆:奥井克美)

日々是総合政策No.49

大阪はどう変わるのか(上)

 2019年3月大阪府の松井一郎知事と大阪市の吉村洋文市長がともに辞職して、松井氏が大阪市長選に、吉村氏が大阪府知事選に立候補することを表明し、両者ともに4月、当選を果たしました。地域政党「大阪維新の会」に所属する両名が、知事と市長の立場を入れ替えて選挙にのぞんだのは、党の最重要政策としてきた大阪都構想を実現させるためです。
 2017年4月に大阪維新の会と公明党が任期中に大阪都の賛否を問う住民投票を行うことを合意する文書をかわしていた(任期中とはいつまでなのかについては諸説ある)ものの、公明党からの協力が得られず、これが実現できないと松井・吉村氏らが2019年3月判断し、住民の信を問うため、出直し選挙に踏み切ったのです。
 しかし、松井氏の知事任期は2019年11月まで、吉村氏の市長任期は2019年12月までで、そのままの立場で選挙に立候補すれば、当選したとしても、それらの期間までしか任期がなく、構想実現のためには時間が短過ぎます。4年の時間を確保するために、立場を入れ替えてのクロス選挙となったのです。
 大阪都構想の目的は大阪市と大阪府の二重行政を解消することです。大阪市のワールドトレードセンタービルディング(WTC:現在の大阪府咲洲庁舎)と大阪府のりんくうゲートタワービルは、その高さを競って建設されました(後者の方が0.1m高い)が、どちらも巨額の損失が生じました。両高層ビルの建設は、市と府が似た事業を行う二重行政の典型例とされます。どちらか一つが事業を行う仕組みになっていれば、損失は少なくてすんだでしょう。
 高度成長の頃ならいざ知らず、少子高齢化が進み税収が上がりにくくなっている中、このような無駄を許しておく余裕はもはやありません。水道事業は、規模の経済が働く費用逓減産業として経済学の教科書に紹介されています。しかし大阪では、市内向けの水道を大阪市が管理し、大阪府が大阪市を除いた府内の市町村向けの水道を供給しています。これらを統合し一元管理に移行するのが合理的に思われます。ところが、水道料金が値上がりになる地域が出るなどの理由によって政治的な軋轢が生じ、実現できていません。

(執筆:奥井克美)