日々是総合政策No.184

大阪都構想住民投票と憲法の首長直接公選制保障

 大阪都構想は、11月1日に大都市域特別区設置法に基づき、2度目となる住民投票に付される。大阪都構想は、「大阪市」を廃止し、大都市地域特別区設置法に基づき四特別区に再編することを主な内容とするが、新設四特別区は、憲法の「地方自治の制度的保障」の対象となる地方公共団体なのかは不明だ。大日本帝国憲法になく、日本国憲法で新たな章立てとして加わったのは、第2章の「戦争の放棄」と第8章の「地方自治」だ。その意義は、地方自治関係者が胸に刻むべきことだろう。
 地方自治の章がなかった大日本帝国憲法下においては、1943年に最も大きな自治体であった東京市が市会の反対にも関わらず、国の立法によって一夜にして消滅した。 それでは、憲法で地方自治について保障していることは何か。ここで議論するのは、その中の首長直接公選制保障だ。憲法93条2項は「地方公共団体の長・・・は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する」と規定する。1963年に最高裁は、東京都の特別区は憲法93条2項の地方公共団体と認めることはできず、特別区長公選制を廃止したことは、立法政策の問題で憲法93条2項の地方公共団体の首長の直接公選制保障規定に反しないと判断した。 
 この63年最高裁判決は、憲法上の「地方公共団体といい得るためには、単に法律で地方公共団体として取り扱われているということだけでは足らず」、「事実上住民が経済的文化的に密接な共同生活を営み、共同体意識をもつているという社会的基盤が存在」することや、その沿革も検討し、東京都の特別区に首長直接公選制保障は及ばないと判断した。新設される大阪府の四特別区それぞれが、憲法上の「地方公共団体」と判断されるのかは難しいのではないか。 
 63年の最高裁判決上、現在の大阪市は多分憲法93条2項の地方公共団体だろうから、憲法上市長公選は保障されている。しかし、今回の住民投票で大阪市が四特別区に再編されれば、63年の最高裁判決に照らせば、大阪市民にとって、今回の住民投票は、自らが属する最も身近な基礎的な地方公共団体の首長公選制の憲法保障を、自らの投票で放棄し、離脱するかを選択する投票なのだろう。

(注)1963年の最高裁判決については、https://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~suga/hanrei/93-3.html (最終アクセス:2020.10.1) を参照されたい。

(執筆:平嶋彰英)

日々是総合政策No.177

ふるさと納税泉佐野市訴訟最高裁判決について(下):林景一裁判官「補足意見」への違和感

 林景一裁判官「補足意見」は、制度そのものに内在する本質的な問題点を指摘した宮崎裕子裁判長自身の「補足意見」の見解を和らげようとしているようにすら見えるのである。
 林裁判官「補足意見」が上告人泉佐野市への批判を判決本文以上に厳しく書いていることに、筆者の違和感の大きな原因がある。
 判決本文自体が、「このような本件不指定に至るまでの同市の返礼品の提供の態様は、社会通念上節度を欠いていたと評価されてもやむを得ない」と述べているのに、林裁判官補足意見はさらに加えて、「特に、同市が本件改正法の成立後にも返礼割合を高めて募集を加速したことには、眉をひそめざるを得ない。」とまで述べている。そして、その上で被告であった総務省、あるいは、その後ろにいる官邸に忖度するかのように、「新たな制度の下で、他の地方団体と同じスタートラインに立って更なる税収移転を追求することを許されるべきではないのではないか、あるいは、少なくとも、追求することを許される必要はないのではないかという感覚を抱くことは,それほど不当なものだとは思われない。それは、被上告人が他の地方団体との公平と呼ぶ観点と同種の問題意識である。」とまで述べる。
 判決本文が指定除外は、「実質的には、同大臣による技術的な助言に従わなかったことを理由とする不利益な取扱いを定める側面がある」と指摘している行為を「不当なものだとは思われない。」と、言っているようですらある。まるで、悪いのは勝訴した「泉佐野市」で、「ふるさと納税制度は悪くない」、「泉佐野市を除外したのは悪くない」と、被告であった総務省、あるいは、その後ろにいる内閣官邸にメッセージを伝えようとしているような感じさえ覚えてしまい、気味悪さがあります。
 そういえば、最高裁判事の人事も内閣官邸が慣例破りをしていると話題になっていたこともあった。そうした内閣官邸の人事権への忖度が補足意見にあったのだとしたら、日本の三権分立と司法権の独立に不安を感じざるを得ないのではないのだろうか。そんなことは、私の杞憂に過ぎないのであれば、いいのだが。

(執筆:平嶋彰英)

日々是総合政策No.175

ふるさと納税泉佐野市訴訟最高裁判決について(上)

 ふるさと納税に関し、平成27年度税制改正における「ふるさと納税制度の特例控除額の倍増」と「ワンストップ特例」の導入で、返礼品競争が過熱したとも言われます。当時、筆者は総務省の自治税務局長、つまり、この制度の事務方の責任者でした(注1)。
 ふるさと納税の対象を総務大臣指定団体に限る制度改正とこれに基づく総務大臣の指定告示によって、ふるさと納税制度から除外された泉佐野市が国を訴えた訴訟で、最高裁が6月30日に泉佐野市の全面勝訴の判決を下した(注2) 。
 この最高裁判決に関して、コメントを申し上げれば、国会提出前の制度検討時に法制的な面から十分検討し、このような最高裁判決をいただくような訴訟や事態を招かないように、十分検討し制度を作らなければならないもので、結果としてこのような判決をいただいたことは残念で、早い段階で返礼品競争に対処できなかったことに原因があり、そのことには責任があり後悔が残ります。
 判決については、いくつかのメディアから取材を受け、最高裁判決を読み直していると、段々と 時折引用される、判決における林景一裁判官の「補足意見」に、一体何が言いたい何のための補足意見なのだろう、その意図は何だろうという違和感を感じるので、コメントしておきたい。
 林裁判官「補足意見」では、「私は、法廷意見に同調するものであるが、本件の経緯に鑑み,上告人の勝訴となる結論にいささか居心地の悪さを覚えたところがあり、その考え方を以下のとおり補足しておきたい。」と書く。今は居心地の悪さを逆にこちらが、感じてしまう。
一方で、あまり引用されていないが、林裁判官の外、宮崎裕子裁判長自身も補足意見を付している。こちらは、「私は、法廷意見に賛成するものであるが、その理由を、本件の背景にあるいくつかの問題を俯瞰しつつ補足しておきたい。」として、「ふるさと納税」が税なのか寄附金なのかという本質的問題に言及し、「もし地方団体が受け取るものが税なのであれば、地方団体がその対価やお礼を納税者に渡す(返礼品を提供する)などということは、税の概念に反しており、それを適法とする根拠が法律に定められていない限り、税の執行機関の行為としては違法のそしりを免れない」とも述べていた。

以下、(下)へ続く。

(注1)筆者のふるさと納税制度に関するコメントは、No.101 を参照されたい。
(注2)判決全文は、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/537/089537_hanrei.pdf  <最終アクセス2020.8.22>を参照されたい。

(執筆:平嶋彰英)

日々是総合政策No.165

国公法の定年延長規定の適用範囲への疑問(下)

No.160(国公法の定年延長規定の適用範囲への疑問(上))からつづき

 なお、政府解釈は、別段の定年の定めのあるものにも、第81条の3の規定の適用ができるということであろう。であれば、国家公務員法の例外としての別の定年規定の定めがある国家公務員は他にもある。
 これらに適用可能と考えているのかどうかもはっきりさせて欲しいところだ。当然、これらについても、解釈変更に当たっては、検討がなされているはずだからだ。憲法は、「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。」(第41条)と定めるが、解釈変更による実質的な立法権の行使が行われることのないよう、法の解釈つまり、法の適用の外縁は、はっきりさせておくべきだ。
 最高裁の裁判官(70歳)裁判官(65歳)、会計検査官(70歳)、公正取引委員会の委員長や委員(70歳)である。これらは、全て、内閣任命で天皇の認証を要する認証官である点も検事長と同じ、国家公務員といえば国家公務員というのも同じである。ただ、裁判官と会計検査官は、国家公務員であっても一般職ではなく、特別職であるという点、会計検査官、公正取引委員会の委員長や委員は、任命に国会の同意を要する点が異なっている。第81条の3 の字面を読む限り 特別職か、一般職か、あるいは国会同意の有無で区別されるようにはみえない。「検察官」の定年を、 解釈変更で 閣議決定で定年延長できるのなら、最高裁判所の裁判官も、閣議決定で定年延長できるという解釈も可能ではないだろうか、というのは、単なる私の杞憂だろうか。
 これらの点、国会質疑等で、政府見解を質して欲しいと考えるのは、私だけなのだろうか。「法治国家」で、「人事権を背景とした「人治」がまかり通るようなことがあってはならない、そのためには、人事権を行使できる範囲は明確にしておくことが重要である。法の解釈」つまり、法の適用の外縁は、解釈変更による実質的な立法権の行使が行われないよう、はっきりさせておくべきではないだろうか。また、別法ではないが、人事院規則で定年が62歳と決められている内閣法制次長の定年を延長した例もあるからだ。

(執筆:平嶋彰英)

日々是総合政策No.160

国公法の定年延長規定の適用範囲への疑問(上)

 この春、検察庁法と国家公務員法の解釈を変更して、東京高検検事長の定年延長を閣議決定で行ったことが、メディアや国会論議を賑わした。その解釈変更により、国家公務員法を適用して定年延長が可能となる範囲が、必ずしも明確になっていないように感じられるが、いかがだろうか。
 政府解釈は、検察庁法は国公法の60歳定年の例外として(検事総長65歳、検察官63歳)の定年を定める。検察官は一般職の国家公務員であり、勤務延長について一般法たる国家公務員法の規定が適用されるものと解釈し、定年を閣議決定で延長できるとし、定年延長を閣議決定した。その国家公務員法の規定は、第81条の3で、「任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。」というものだ。
 関連して、検事総長等の役職定年制、定年延長を可能とする検察庁法改正案を含む国家公務員法改正案は廃案となったが、これに関わらず、政府解釈によれば、当然、現在でも、検事長だけでなく検事総長の定年も延長できると考えられるが、この点、そもそも確認されていないのではないだろうか。

(執筆:平嶋彰英)

日々是総合政策No.101

ふるさと納税について思っていること

 平成26年度以降、ふるさと納税受入額は急増し、平成30年度には約5,127億円となりました。一方、過熱する返礼品問題も大きな問題として取り上げられています。
そのきっかけとなったのは、平成27年度税制改正における「ふるさと納税制度の特例控除額の倍増」と「ワンストップ特例」の導入と言われます。当時、筆者は総務省の自治税務局長、つまり、この制度の事務方の責任者でした。そうした立場から、ふるさと納税制度をめぐる様々なことについて、この場をお借りして、現時点でのコメントを申し上げたいと思います。それは、一言で言えば、「内心忸怩たる思い」という言葉に尽きます。
 ふるさと納税は、当時から高額納税者にはお得な(比較的富裕な方には利用しなければ損な)節税策としての認識が広がっていました。そうしたことも背景にしながら、地方自治体間の返礼品競争が過熱となることの萌芽が既に現れ始めていました。
当時の同僚や優秀な部下諸君とも、いろいろなことを調べ、何度も何度も議論を行い、その後に起こる過熱な返礼品競争もある程度予見し、懸念していました。しかし、事務方の責任者である私の自らの力不足により、関係者の十分な理解を得ることができず、結果として、皆が納得できるような有効な対応策を講じることができませんでした。
 ふるさと納税をめぐる返礼品問題の混乱は、それにより招いた事態であるという面があることは否定できない、という認識でおります。
 自治体関係者で大変な苦労をされた方や税務現場の職員等で不愉快な思いを感じられた方がおられるだろうと思います。
 ふるさと納税について、様々なことを耳にするたびに、この混乱がある程度予見できたにも関わらず十分な対応策を講じられなかったことについて、当時の事務方の責任者としての責任を感じており、忸怩たる思いをしております。
 現状については、現在の担当者がいろいろと苦労しているところと思います。当時、この問題の事務方の責任者の立場にありながら有効な対策を講じられなかった者にどの程度コメントをする資格があるのか、という思いもありますので、これ以上のコメントは差し控えたいと思います。

(執筆:平嶋彰英)

日々是総合政策 No.36

スポーツと地方創生~平成の日本サッカーの変化を振り返る(下)Jリーグ編

 Jリーグは、平成5年5月15日に今もオリジナル10と称される10クラブでスタートした。
 その多くは東京圏関西圏等の人口集積地に所在し、かつ大企業の支援を得ていた。それが1998年のJ2創設及び2014年のJ3創設を経て、今年のシーズンでは全国にJ1・18、J2・22、J3・15(u-23を除く)の計55クラブがある。多くは地方都市がホームタウンだ。将来のJリーグ入会を公認された「Jリーグ百年構想クラブ」のある県も含めると47都道府県中40県にJクラブがあり、残りの7県にも何らかの形でJリーグを目指すクラブがある。「野球と違ってサッカーは日本人には合わない」という人すらいた時代を知る私にとって、日本全国の地方都市にもプロのサッカーチームがあって、地域のサポーターの熱心な応援を受けながらエキサイティングなゲームを毎週展開しているなんて、まるでかつて憧れていたヨーロッパのようではないか。そんな風景が今日展開しているなんて、信じられない思いである。このJリーグクラブの全国への広がりは「スポーツ・ツーリズム」といった、新たな地方創生の芽も育てつつある。Jリーグは平成の間にここまで成長した。その成長には、Jリーグ創設時からの関係者のヨーロッパを見習った、徹底した地域密着の考え方があった。今やバスケットボールのBリーグのチームも全国にできた。プロ野球のチームもその名称に地域名を入れ、地域密着を模索する時代だとなった。なお、このJリーグの発展には地域の自治体が関わってきていることも認識しておかなくてはならない。Jクラブのホームスタジアムの多くは、2002年のW杯等を契機に各地の自治体が整備したものだ。その時に整備されたスタジアムが、現在各地のJリーグチームのホームスタジアムとして活用されている。Jクラブの設立に自治体が関わったところも多い。プロスポーツの地域経済に与える影響についてはヨーロッパや、アメフト等のプロスポーツが充実しているアメリカ同様、日本でももっともっと議論されてもいいのではないかと考える。

参考文献

「百年構想のある風景(傍士銑太、2014,ベースボールマガジン社)
「平成日本サッカー」秘史(小倉純二,2019、講談社α新書)

(執筆:平嶋彰英)

スポーツと地方創生~平成の日本サッカーの変化を振り返る(上)

日々是総合政策 No.29

スポーツと地方創生~平成の日本サッカーの変化を振り返る(上)

 ラグビーW杯ワールドカップ2019日本大会や2020年の東京オリパラ大会を前に、W杯の開催とJリーグの創設をみた、平成の日本サッカーを振り返りたい。サッカーに関し、2002年の日韓共催W杯と地域密着のJリーグの創設が絶大な影響を及ぼし、日本サッカーの競技力が顕著に向上したことには異論もないだろう。こうした世界規模のスポーツ大会開催には、運営や施設整備に公共的主体が相当に関わるが、その意義は十分検証されるべきだ。
 メキシコ五輪での日本の銅メダル獲得後に、部活動でサッカーに親しんだ筆者が初めて見たW杯は多くのサッカーファンと同様、1974年西ドイツW杯の決勝のTV中継だ。皇帝ベッケンバウアーの西ドイツと、スーパースターであったヨハン・クライフを擁するオランダの決勝に酔いしれた。以来、私にとってW杯やヨーロッパサッカーの環境はずっと憧れだった。一生のうちに一度でいいから、日本がW杯の舞台で世界の強豪と戦うところは見てみたい、というのがその頃からのなかなか果たせぬ夢だった。
 今の若い方には想像がつかないかもしれないが、1970年代以降日本はアジアの壁に阻まれ、W杯出場どころかオリンピックもなかなか出場できなかった。それが平成のJリーグの創設後、「ジョホールバルの歓喜」を経てフランス大会に初出場、日本で開催された日韓共催W杯では、決勝トーナメントに進んだ。その後日本はロシア大会まで6大会連続W杯出場を果たし、そのうち日韓共催を含め3大会で予選ラウンドを突破し、ベスト16に進出した。アジアでは、アジアカップで三度の優勝と一度の準優勝、アジアのクラブチームナンバーワンを決めるACLでも3チームが計4度頂点を極めた。さらに2011年には、なでしこジャパンが女子W杯で優勝、東日本大震災に沈む我が国に元気をもたらしたことも記憶に新しい。
 この日本サッカーの水準の躍進には、Jリーグの創設と拡充が大きく寄与したことは間違いない。また、このJリーグの広がりは日本の地域社会にも大きな影響を与え、地方創生にも寄与している。Jリーグの地域密着へのこだわりが、地域の人々の「地域」への思いに訴えるものがあったということなのではないだろうか。この点に地方創生の原点を見る思いがしている。
 Jリーグの現状と平成の動きは、(下)で紹介する。

(執筆:平嶋彰英)

日々是総合政策 No.15

多文化共生を考えよう(下)

 今になれば、多様な文化があることは、アメリカのシリコンバレー等の経済の強さの要因とも感じる。筆者が住んでいた市では、市民が出身の祖国の食べ物や物品を持ち寄って楽しむ「多文化共生祭」のようなものがあった。そこのサブテーマは、「Celebrating Diversity(多様性を祝おう)」だったのだ。異文化との交流を尊ぶ西海岸の暮らしを経験したことは、その後、私の様々なことに大きな影響を与えた。
 そうした意味で、これから公共政策に携わろうとする人に、申し上げたいことが二点ある。第一には、留学、外国生活の勧めだ。異文化との交流は、必ずや、かけがえのない貴重な経験となる。異文化との交流は、新たな発見の機会だと言うことだ。第二には、外国人の増加に伴う多文化共生施策は、地域のためになる、チャンスと考えて取り組んでほしいと言うことだ。
 今後、外国人の中でも日本が求める高度な人材は、海外とも比較し、住みやすい地域を選択する。企業も外国人が住みやすいところに立地する。留学生も学びやすいところを選択する。外国人観光客もだ。そうなれば多文化共生は、地方創生の「鍵」になるに違いない。このことを考えて、公共政策を考えてもらいたいのだ。
 地域社会での外国人受け入れに関しては、治安等の心配を感じる向きもあるだろう。しかし、女性の活躍でよく言われることであるが、女性にとって、働きやすい職場は、男性にとっても働きやすい。同じ様に、差別がなく「外国人や、外国にルーツを持つ日本人」が暮らしやすい地域は、普通の日本人にも暮らしやすい地域にほかならない。そういう意味で、多文化共生は、地域づくりを見つめ直すチャンスでもある。「多文化共生社会では、外国人住民は支援を受ける存在ではなく、共に地域を創っていく担い手となる。外国人住民や外国人コミュニティの活動が、地域の活力の源泉となり、特色のある豊かな地域を形作っていく。」(自治体国際化フォーラム31号)ことになるのだ。

(執筆:平嶋彰英)

多文化共生を考えよう(上)

日々是総合政策 No.11

 多文化共生を考えよう(上)

 2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会、ラグビーワールドカップ2019日本大会の開催を前に、多文化共生に取り組むことの重要性の認識が広がっている。総務省の「多文化共生の推進に関する研究会報告書2018」によれば、日本における在留外国人数は2018年6月末時点で約264万人と過去最高となっており、総人口に占める割合も過去最高を記録している。また、2019年4月には、新たに外国人材の受入れのための在留資格(「特定技能1号」「特定技能2号」)の創設等を内容とする法改正が施行された。これも考えると、今後の人口減少社会の地域社会において、外国人のプレゼンスが、今まで以上に増大し、これに伴って多文化共生政策が、ますます重要な課題となっていくことも、間違いないだろう。
 地域社会に外国人が増えることについて、治安その他の面で不安感をもつ地域住民がいることは否定できない。四方を海に囲まれている日本だから強調される面があるにせよ、イギリスのブレグジット論議も、そのきっかけの一つが移民問題であったことやアメリカの大統領選挙やEU各国の選挙をみても、在留外国人問題は、世界共通の課題である。そのことを認識した上で、筆者は今後の地域活性化の「鍵」は、「多文化共生にある」と考えて取り組んでいくことが重要と考えている。かねてから、いずれ「多文化共生が、我が国の公共政策上の大きな課題になる」と考えていたが、その原点は、今から四半世紀以上前の、1990年代前半のアメリカ西海岸の生活体験である。当時、多文化共生という言葉はなかったが、多様な民族、言語、文化、国籍の存在を多とするアメリカ社会に驚愕したことが思い出される。印象的だったのは、多文化共生をやっかいなものと考えるのではなく、むしろ積極的にとらえていることだった。多様な文化に触れられることは喜びであり、多様な文化があることは社会の強さにつながる、という強い意思を感じた。

(執筆:平嶋彰英)

多文化共生を考えよう(下)