日々是総合政策 No.23

気候変動を受け入れない人々を説得するには

 気候変動に対して必要な集団的行動を行うことは,これまで40年近くの歴史が証明してきたように大変難しいことです.その主な理由は,気候変動に対する認識バイアスを永続させるような社会的な観念形態(イデオロギー)の存在であり,それが集団的行動の形成の障壁となっていると考えられています.
 現在,アメリカで暮らす子供達は,大人に比べて政治的意見や文化的境界線を気にすることなく科学的問題についてオープンに学習し,意見を持つことができます.そのため,彼らは,大人よりも「気候変動は都市伝説に過ぎない」という意見を持ちにくい傾向にあります.こういった背景の下で,「子から親に知識・態度・行動を移転する」という世代間学習が,気候変動に対する社会観念的な障壁を克服するための有効な方法となり得るかもしれないと考えた米国の研究チームは,「子供達が学校で学んだことを家に持ち帰ることで,親の考え方を変えることができるか」を検証するために以下の様なフィールド実験を行いました(Lawson et al., 2019).
実験は北カリフォルニア沿岸部の中学校教師を通じて行われました.処置群100家族の子供達(中学生)は,気候変動に関する授業プログラムに参加しました.その内容は「天気と気候の違い」や「気候変動が生物にどのような影響を及ぼすのか」などに加えて,地域コミュニティ・プロジェクトへの参加も含まれていました.さらに子供達には,地域の天候変化に関する認識についてインタビューをするという課題が出されました.また対照群100家族の子供達は,通常通りの授業プログラムに参加しました.
 実験の前後に,「気候変動に対する懸念」に関するアンケート調査が親子に対して行われ,スコア化されました.気候変動に対する懸念スコアの変化を親の政治的立場別(保守・中間・リベラル)で分析し,対照群と比較したところ以下の様な主要な結論を得ました.
 気候変動に関する授業プログラムという介入は,子供達だけではなく,親の気候変動に対する懸念までも影響を及ぼすことが分かりました.どの政治的立場の親に対しても,この介入によって気候変動に対する懸念を増加させましたが,特に保守層の親の懸念は大幅に増加しました.(対照群においても保守層の親の懸念は増えたため,複数回,気候変動に関するアンケートに答えること自体が,考え方を変える効果を持っている可能性もあることも分かりました.)また父親の方が母親に比べて懸念スコアの上昇が高かったこと,娘の方が息子よりも親に対して大きな影響力を持つことも分かりました.
 つまり限定的な状況ではあるものの,中学校の授業は子供達を通して親の気候変動に関する考え方までも変えることができたのです.ただし,この効果がどれくらい長続きするのか,また集団的行動を形成できるのかについては,まだ良く分かっていません.

(出所)
Danielle F. Lawson, Kathryn T. Stevenson, M. Nils Peterson, Sarah J. Carrier, Renee L. Strnad and Erin Seekamp, 2019, Children can foster climate change concern among their parents, Nature Climate Change, 9: 458-462.

(執筆:後藤大策)

日々是総合政策 No.12

家計の電力消費量を減らすには

 多くの家計の電力消費行動に変化をうながし,社会全体として節電するための公共政策の手段には何があるだろうか.ここでは電力料金の引き上げといった金銭的な誘因に基づく伝統的な政策手段ではなく,行動経済学に基づいた公共ナッジ(つまり選択の自由を維持しながら,人々を特定の方向へ導く介入)による政策実践の可能性を紹介する.
 アメリカとシンガポールの共同研究グループは,シンガポールの小中学生を対象とした省エネ・コンテストが,その家族全体の節電行動を導く効果的なナッジとなり得るかについて検証した(Agrawal et al., 2017).これは,小中学生向けの省エネ・コンテストを「介入」とし,ブロック(街区)単位の家計電力消費量を「アウトカム」とする準フィールド実験である.
 2009年にシンガポールは10%以上の省エネを目指すために“Project Carbon Zero”という小中学生向けのコンテストを行った.コンテストの参加は学校単位で行われ,省エネの重要性を説明する授業だけではなく,「自宅のエアコンの温度設定は25℃に設定しようね」といった特定の省エネのヒントを与えた.参加校の生徒はコンテスト期間の前後(2009年1〜8月,介入は5月)に渡って,家計の電力使用量を毎月報告した.電力消費の削減を達成した上位3名や上位3校は表彰され,期間中に10%の省エネを達成できた全ての学生に図書券が配られた.
 主な結果は以下の通りである.参加学校から2キロ以内に自宅がある生徒の家計は,2キロ外に自宅がある生徒の家計よりも,期間中のブロック単位の家計電力消費量が1.8% 少なかった.さらにコンテスト終了後においても,省エネ効果は存続した(限界貯蓄で1.6%).また,小学生はより多くの節電を導くナッジとなる一方で,中学生はより長い効果を持つナッジとなることも分かった.
 つまり条件続きではあるものの,小中学生の日常行動の変化は,家計行動の変化を導く.子供たちの行動は家族を巻き込むことで,社会全体を良くする公共ナッジとなる可能性を秘めている.

(出所) 
Sumit Agarwal, Satyanarain Rengarajan, Tien Foo Sing, and Yang Yang, 2017, Nudges from school children and electricity conservation: Evidence from the “Project Carbon Zero” campaign in Singapore, Energy Economics, 61: 29-41.

(執筆:後藤大策)

日々是総合政策 No.3

問題解決を目指すデータ分析を行うために

 人間行動や社会に関する様々な問題を理解し、それらの解決を目指すためのデータ分析は極めて強力なツールとなり得ます。ここで「なり得る」という限定的な表現をしたのは、残念ながらそうではないデータ分析も世の中に多く存在しているからです。データ分析の真贋を見抜く能力を身につけ、様々な問題の解決を図ることを通じて、より良い社会を実現するためには何が必要でしょうか?
 問題の解決に資するデータ分析には、統計学の概念や方法論だけではなく、目的に応じたデータの取得、分析の組み合わせ、さらには結果の解釈・公表といった一連のデータ分析の戦略とそこでの透明性・再現性の確保が重要となります。このようなデータ分析のための「リテラシー」は、学問というよりもプロフェッショナル・スキルです。企業や政府機関などの多くの組織が、データ分析から得られた科学的証拠に基づいて意思決定を行うようになってきました。EBPM(Evidence-based Policymaking: 証拠に基づく政策立案)が内閣府主導で推進されているのも、その一例です。
 ここで気をつけなくてはいけないのは、スキルである以上、実際の経験を通じてのみ「問題解決に資するデータ分析」を身につけることができるということです。話を聞いたり、本を読んだりするだけでは身につきません。まずオープンソースの統計プログラミング環境(例えばR)を入手し、手頃なデータセットの分析から初めてみるのがスキル獲得への最初の一歩となります。それを繰り返すうちに、データ分析のコツや勘所も身につけられるのです。
 また、問題の解決に資するデータ分析の実践には理系・文系の垣根を超えた学際的アプローチが必要です。統計学の知識や英語でのコミュニケーション能力はいうまでもなく、人間行動や社会を取り巻く様々な背景の理解と、機械学習やスクレイピング手法を状況に応じて有効活用できるプログラミング能力も大切となります。ひょっとすると高校生から大学入試に向けて理系・文系のどちらかに絞って勉強することは、問題解決を志向するデータ分析のためのリテラシー獲得にとっては遠回りかもしれません。

(執筆:後藤大策)