日々是総合政策 No.33

サーベル行政

 昭和40年代に農林水産省は毎年政府が買入れるコメの価格決定に苦労していた。政治家は農家のために毎年価格の引上げを求めるし、そうするとコメは増産され余り、会社勤めの裕福な小規模な農家(兼業農家)が増えて効率的な大規模な経営農家(専業農家)が育たない。そこで、若い政治家の方々に米価引上げから劣悪だった農村の生活環境の改善に興味を向けてもらう意味もあって、市町村に対し生活環境整備に補助金を出すことになった。
 といっても、都市に比べて遅れた生活環境整備だけが問題でなかった。農地の区画整理をやって農業機械を使えるようになっても自宅の周りの道路(集落道)が整備されていない。家庭から汚水が農業用水路に流れ出す。農林水産省は効率的で生産力の高い農業の実現のため、こうした問題を解決したかったのである。
 補助金の制度では、予算額の制約の他に、様々な思惑と財務省などから認められ易い目的や補助金の対象などを決めたルール(要綱や要領)に従い適正に効率的に使わなければ、会計検査院から国会へ報告されてしまう。様々な入り組んだ制約が霞が関の30歳前の係長である私に降りかかる。政治家や市町村長さんから要望(陳情という)が来る。例えば、草野球広場の夜間照明の整備の要望で、当時の状況を踏まえ「都会でも夜間照明のある野球場なんて少ない」と断ったら、「娯楽も少ない農村で農家に昼に遊べと言うのか」と言われて閉口した。
 当時の課長の口癖は、戦後廃止された内務省(地方行財政・警察・土木・衛生などを担当)の強圧的な行政への批判で、「サーベル(刀)で脅しながらやるようなサーベル行政をやってはいけない」だった。そのため各地からの要望を聞くこととなり、益々迷うことになる。見かねた別の課長から、「迷うときは農林水産省も要綱も何もかも忘れて一人の人間として決断しなさい。決心したら君の全英知を動員して理由を付けてやりなさい。」と言われた。そうした決断なら誰もケチを付けられないし信念も揺らがない。
 補助金批判は多いが、地方との真剣な会話と苦労は中央省庁の役人として的確な政策を行うときに後々大いに役立った。一方で大学の若き先生方と高尚な議論をしながら、「じっと手を見る」といった日々だった。補助金の具体的な苦労話は、次回以降にしよう。

(執筆:元杉昭男)

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