日々是総合政策No.114

リゾート開発の公共政策:ボラカイ島の場合(下)

 「ボラカイ島」における観光政策の基本スタンスは、観光開発の推進を基本に、生じるであろう問題に対処できるように上下水処理や廃棄物処理の施設を整備するという点にあります。「ボラカイ島」については、2007年の計画で戦略的観光地(SDAs:Strategic Destination Areas) に指定されており、観光投資の高い収益性が見込まれることが謳われており、2006年からの10年間で、8-15%の観光客の増大が見込まれました。この点で、観光開発ファースト、環境保全セカンドという姿勢が見えてきます。もともとフイリピンの下水処理は不十分で、2004年の水質浄化法(Clean Water Act)では、5年以内にすべてのホテルなどの施設が下水道に接続するように義務付けられていました。しかし「ボラカイ島」でも、下水道の処理能力が低く整備費用が高いなどの理由に加えて、接続費用への負担が重く、人々の意識が低いということもあって、人口の5%程度しか下水道に接続していないという実態がありました。こうして、「ボラカイ島」では、結果的に汚水の垂れ流しによって汚染が拡大し、ドゥテルテ大統領による観光地封鎖といった事態に陥ったのです。
 ドゥテルテ大統領という個性的な人物のゆえに、「観光地封鎖-なぜ?」といった点が脚光を浴びることになりました。しかし、いまだ観光発展に期待する途上国は数多いのが現状です。多くは、環境保全の考え方やガバナンスが未整備で観光発展ファーストという志向が強いために、マスツーリズムの弊害をもたらす危険性は極めて高いと思われます。実際、タイのマヤ湾、インドネシアのバリ島をはじめ世界各地で同様の事態が生じています。観光開発ファースト、環境保全セカンドといったスタンスを逆転させて、環境保全ファースト、観光開発セカンドというように、根本的に考え方を転換させる必要があります。このことが、持続可能な観光開発の早道ではないでしょうか。

(執筆:薮田雅弘)

日々是総合政策No.110

リゾート開発の公共政策:ボラカイ島の場合(中)

 ボラカイ島は、フイリピンの主要な観光地の一つです(表-2)。国内にとどまらず海外からの観光客も多く、マニラ首都圏を除けば、3番目に人気の観光地になっています。トリップアドバイザーによる『世界のベストアイランドランキング2016』によれば、アジアでは、ボラカイ島は第7位と人気が高い(ちなみに日本の西表島は第10位です)。フイリピン全体では、ホテルなど宿泊施設は約9000施設、22万部屋ありますが、「ボラカイ島」ではそれぞれ271施設、7684部屋となっています(いずれも2014年)。一施設当たりの部屋数は全体では24室であるのに対して、セブでは33.5室、「ボラカイ島」では28.4室となっており、平均的に施設規模が大きく、いわゆるリゾートホテルなどが趨勢だと考えられます。実際、シャングリ・ラ・ホテルズ&リゾーツなど世界的なホテルチェーンをはじめ、多くのリゾートホテルが営業しています。
 リゾートで観光開発がもたらす環境への影響は、観光施設の急増による水質汚濁や廃棄物による海洋汚染、開発による自然環境破壊などが考えられます。実際、「大勢の観光客が押し寄せ、環境汚染や生態系への影響が深刻化して」います(読売新聞(2018/04/08))。これは、観光発展によって環境問題が置き去りにされる典型的な例です。その理由としては、環境保全に関するガバナンスが未整備、環境政策の遂行が不十分、環境保全に関する業者や住民の意識が低く環境保全への協力体制が未成熟、など多くの点が考えられます。「ボラカイ島」の場合、自然環境を保全しかつ持続可能な観光開発を図るために、上下水道や廃棄物処理施設の整備が必要とのことから、日本からフイリピン観光公社に対して円借款による協力事業として「ボラカイ島環境保全事業(1995-2010)」が実施されました。また、持続可能な観光開発の計画として、日本国際協力銀行(JBIC:Japan Bank for International Cooperation) が協力して作成された2007年の「持続可能な観光管理計画(以下「計画」)」などがあります。

表-2 フイリピンの主要観光地

(執筆:薮田雅弘)

日々是総合政策No.108

リゾート開発の公共政策:ボラカイ島の場合(上)

 世は観光の時代。海外からの観光客(インバウンド)によって所得や雇用増大を図ろうとする動きが活発になっています。しかし、急激な観光発展がもたらす負の影響を忘れてはいけません。世界危機遺産に陥ったガラパゴスやイエローストーン、日本のリゾート開発の失敗例など多くの事例があります。そんな中、フイリピンの有名リゾート地である「ボラカイ島」の環境汚染問題を解決するために「観光施設の60日間閉鎖」を打ち出したドゥテルテ大統領のニュースが報じられました。リゾート開発については、事前に規制やルールを講じるケースが一般的ですが、リゾート地の閉鎖といった強硬的な措置は稀有な例です。一体、「ボラカイ島」に何が起こっているのでしょうか。
 「銃規制」や「麻薬撲滅」など過激な政策で知られる第16代大統領ドゥテルテ氏。2016年の就任以降、フイリピン経済は6%の経済成長率を実現し、一人当たりのGDP(PPPベース) は2017年には8000ドルを超えました 。経済成長に伴う環境悪化は、フイリピンでも深刻な問題を引き起こしており、「ボラカイ島」の事例は、環境に配慮しない開発一辺倒の帰結であったといえます。この問題を考えるためには、そもそもフイリピンの観光開発政策がどのように展開したか、観光開発に伴う水質汚濁や固形廃棄物処理の問題がどのように深刻化したか、それに対して、どのような実効性のある環境政策が行われてきたか、といった点をみなければなりません。
 まず、観光発展について。UNWTO(The World Tourism Organization of the United Nations:国連世界観光機関) のデータによると、フイリピンの観光の伸びは、観光客数ベースでも観光収入ベースでも極めて高いといえます(表-1)。言うまでもなく、観光が発展するためには、空港、港湾、鉄道、道路などの交通インフラの他に、ホテルやレストラン、アトラクションの整備が不可欠です。これら観光関連の産業は労働集約的であるために、観光地での雇用や人口の増加が生じます。世界遺産登録後、ガラパゴ諸島では、急速な観光客と流入人口の増加が生じ、これに伴い環境悪化が起きました。

(注)ちなみに、PPPベースのGDP(国内総生産=国内で1年間に生産された付加価値の総計)とは、フイリピンの通貨であるペソと米ドルの購買力の比率(あるいは、その変化率)をもとに為替レートが決まるとする考え(購買力平価説(Purchasing-Power-Parity)という)にもとづいて算出されるGDPのことである。

表-1 フイリピンの観光発展

(執筆:薮田雅弘)

日々是総合政策No.89

「信用乗車」の公共政策(下)

 「車の通行がない場合でも信号を守る」という日本人の習性は『交通道徳』として語られ、日本人が幼児期から身に着けた規範であるとされる。もっとも、規範破りの事例は交通ルールに限らず見受けられるので、必ずしも国民性に根差しているとは言えない。
無賃乗車などズルをしないようにするには、qかfを大きくする必要がある。鉄道運輸規定第19条によれば、「有効の乗車券を所持せずして乗車し又は乗車券の検査を拒み若は取集の際之を渡さざる者」に対しては2倍以内の割増運賃を請求できる。単純に考えればf=2×料金なので、ズルをする条件はq<0.5ということになる。つまり、3回に1回しかズルがばれないと期待されるときは、ズルが有利になるのである。いわば、日本の法律は、「不信用乗車」のシステムが前提であったと考えられる。
 「不信用」を前提に規範云々を語ることはできないが、そもそも「信用乗車」がより望まれる理由は何であろうか。「信用乗車」のメリットは、乗降の利便性が増す、交通遅延が減少する、モニタリング費用が抑制できる、等が挙げられる。「信用乗車」システムのもとで犯罪者をつくらないようにするためには、fかqを十分に高くする必要がある。日本では「割増運賃」が欧米に比して極端に低く設定されており、不正乗車に対して十分な抑止力を持たないことが指摘されている。このため、「信用乗車」システムを受け入れるためには、「割増運賃」をより高く設定しておく必要がある。法的、歴史的観点からこの問題を取り上げた西川(2007)は、この施策の遂行は実際的に困難であるとしながらも、今後の自治体の政策や技術的問題解決の方策の可能性を指摘している。
 車両の重層化、多連結化が進む中で、より乗降を効率的にするために「信用乗車」システムの必要性が増している。もし、法的に対応することが困難であれば、道路と同じように運賃無料とするか、モニタリングの成功確率を引き上げるしかない。このためには、乗降時のチェックを厳格化する自動化の技術導入が必要となる。しかし、これは事実上「不信用乗車」システムにすることに他ならないので、「信用乗車」のシステムを目指す方向での公共政策は、結局は、「不信用乗車」を目指す政策であることになる。

(執筆:薮田雅弘)

参考文献
 宇都宮浄人(2011)「海外のLRTの現状とわが国の課題」『国際交通安全学会誌』,Vol.43,No.2,pp.155-162.
 西川健(2007)「信用乗車方式と割増運賃制度について」『運輸政策研究』,Vol.10, No.2,pp.2-6.

日々是総合政策No.83

「信用乗車」の公共政策(上)

 普段、何気なく利用している公共交通機関。運輸サービスに対して正当な対価を支払う必要があるのは言うまでもない。路面電車を例に考えよう。日本では、多くの場合、料金を支払ったかどうかは厳密にチェックされる。しかし、私がかつて経験したアムステルダムでは様子が違っていた。トラムと呼ばれる市電では、切符をあらかじめ購入して、乗車時には購入した切符を自分で改札機に通さなければならない。運賃の支払いは、あくまでも自己の責任においてなされるべきであるという考え方である。実際、私が乗っていると、突然どこからかパトカーがやってきて電車に横付けするやいなや、無賃乗車だったと思われる少年が連行されていかれるという事件があった。そのとき思ったことは、このシステムは「犯罪者をつくるシステムだ」ということである。こうした運賃支払いのシステムは「信用乗車」と呼ばれている。
 「信用乗車」は乗客が運賃を適切に支払うことを前提に、万が一ズルをした場合には、一定のペナルティを課そうとするシステムである。他方「信用乗車」でない(これを「不信用乗車」と呼ぼう)システムでは、乗車や降車の機会をとらえてぬかりなく運賃を徴収する。ここで、乗客がズルをしない確率をp(つまりズルをする確率は(1-p))とし、ズルが見破られる確率(モニタリング成功確率)をq、罰金をfとすれば、乗客が支払う運賃の期待値は、p×料金+(1-p)×f×q、と表せる。乗客がズルをしようとするのは、この期待値が料金を下回る(f×q<料金)場合である。先のケースでは、少年は「めったに見つからない(qが小さい)」と考えたか「見つかっても大した罰金ではない(fが小さい)」と考えたかのどちらかであろう。この時、乗客にとってズルをすることが有利になり、結果的に犯罪者がつくられることになる。
 日本人は真面目だから、仮に「信用乗車」システムになってもズルをする人は少ないだろうという意見がある。 実際、富山ライトレールのようにICカードに限って「信用乗車」の形をとっているところもあり、とくに大きな問題は生じていないようである。ズルをせずルールを守る、という行動は日本人の国民性に依拠しているのだろうか。

(執筆:薮田雅弘)