日々是総合政策No.283

社会保障の財政安定化と予防医療(下)

 日本の社会保障においては、給付の範囲と方法の見直し(自己負担の調整を含む)の他に、社会保険料等の財源の安定確保が重要課題になっています。これについて、予防医療の促進と併せた検討が有用とされ、一例として前回(No. 282)は、健康経営、健康日本21、データヘルス計画を見てきました。
 これらは、2010年代前半から段階的に実践されており、普及・浸透と成果の向上に向けた調査・研究が進められています。主な課題として次の3つがあげられ、第1は一次予防から二次予防までの強化にあります。健康経営、健康日本21は一次予防が基本になっていますが、一定の成果を確保して重症化の抑制につなげる上で、データヘルス計画を踏まえた対応が重要とされます。具体的には、医療保険者と医療機関の連携を強化した上で、各人の保健・医療データを早期発見・早期治療にも活用する体制が必要になります。
 第2は、セルフケア(セルフメディケーションを含む)の促進です。予防医療は、主に国と地方自治体、企業(雇用主)、医療保険者により提唱されていますが、各人・患者の主体的参加が前提になります。この場合にはセルフケアが有用とされ、予防への参加意識を高める情報の提供と活用が必要になります。これは、次の第3の課題にも関係しており、特にPHR(Personal Health Record)の導入・活用を指しています。
 PHRは、バイタルデータ、検査結果、治療・服薬歴等の情報が電子化された個人記録であり、狭義には患者と医師(担当医)において共有されます。利活用の機会としては、対面診療や遠隔診療に限らず、上記のセルフケア、健康管理や在宅医療があげられます。PHRは、各人・患者がこれらに長期的に参加するための情報にもなりうるとされ、医療IT(ICT)化の一つとして検討が行われています(注1)。
 これらは、医療制度のあり方に関係する課題でもあります。医療制度は、主に外来・入院治療の提供体制と診療報酬、保険給付の範囲と方法により規定されますが、現代では多様な要因を踏まえた議論が必要になっています。少子高齢化の進行と労働力人口の減少、各健康リスクや疾病構造の変化に対応する施策の一つとして、予防医療を促進する方向での検討が有益と考えられます(注2)。

(注1)PHRについては、主に次の2つを参照。日本版PHRを活用した新たな健康サービス研究会(2008)「個人が健康情報を管理・活用する時代に向けて−パーソナルヘルスレコード(PHR)システムの現状と将来」http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/
downloadfiles/phr_houkoku_honbun.pdf#search(2018年7月21日最終確認)、厚生労働省(2020)「PHR(Personal Health Record)サービスの利活用に向けた国の検討経緯について」https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/000741661.pdf(2021年12月25日最終確認)。PHRは、各人に健康と医療の情報を提供するツールの一つとして有用ですが、これを導入する際には、個人のプライバシー保護の方法についての検討も必要になります。
(注2)日本の医療制度は、1961年以降、社会保障の中核として拡充されており、これが広く浸透する中では、短期間に制度の見直しを行うことはできないと考えられます。上記3つの課題についても、一次予防と二次予防の連携、担当医(かかりつけ医)と診療報酬のあり方、予防医療におけるIT(ICT)化の方法等の検討が必要になります。こうした課題が残されていますが、健康維持・増進(あるいは健康寿命の延伸)の重要性が高まり、また、検査機器と治療技術の高度化により、早期発見・早期治療の成果向上が期待される現代では、予防医療には大きな意義があると考えられます。これは、医療制度改革、社会保障財政に限らず、広くは経済に関係するテーマでもあり、日米の事例を参考に、機会をあらためて検討します。なお、アメリカにおける予防医療は、民間ベースでの運用・管理が基本であり、1980年代以降、民間保険団体(企業と保険団体の連携を含む)のプログラムとして広く実践されています。成果の一例として同国では、生活習慣病の中でも大腸がん、胃がんの罹患者数と死亡者数が(対人口比で見て)減少傾向にあります。これについても、日米における予防医療の具体策と動向を踏まえ、新しい資料を参考に別の機会に考察することにします。

(執筆:安部雅仁)

日々是総合政策No.282

社会保障の財政安定化と予防医療(中)

 予防医療は、本来、医学・医療の一領域として研究、実践されますが、社会保障の中でも年金と医療の財政安定化において有用と考えられています。今回は、関連施策の一例として、健康経営、健康日本21、データヘルス計画を取り上げます(注1)。
 健康経営の目的は、労働者の健康と生産性を管理して、健康に関連するコストを抑制することにあります。こうしたコストは、各労働者の健康リスクの数と状態によって異なるとされ、1人あたりでは1年間に最大で90万円程度になると推計されています(注2)。図1は、実態調査の一例として、総コストの内訳を見たものです。

図1 健康関連総コストの内訳

出典)厚生労働省(2017)「コラボヘルス ガイドライン」厚生労働省保険局、p.35等より作成。
注)「プレゼンティーズム」は心身の健康状態が良くない中での就労、「アブセンティーズム」は傷病の治療のための欠勤それぞれに伴う生産性の損失(ロス)を指している。これらは、医療費(薬剤費を含む)や傷病手当金支給額、労災補償費につながる要因にもなる。上記の割合は、小数点第2以下の四捨五入の関係で100%にはならない。

 健康経営においては、各企業と医療保険者(主に健康保険組合、協会けんぽ)の連携により、プレゼンティーズムを抑制することが重視されます。具体的方法は、定期健診と特定健診、ストレスチェックにより健康リスクを把握して、ウェルネス・プログラムやワーク・ライフ・バランスの実践によりこれを低減させることにあります(注3)。こうした取り組みは、各労働者のQOLと生産性の維持の他に、長期就労が可能になった際には、年金財源の負担者の維持・増加において有用とされます。
 健康日本21の基本目的は、各人の健康寿命を延ばした上で、平均寿命との差を縮めることにあります。QOLの長期的維持が要件とされますが、健康リスクは年齢や性別により異なるため、これに応じた対応が必要になります(注4)。この中でも、労働者の家族(配偶者、高齢者等)の健康増進は、上記の健康経営との関係において有益とされます。家族(遠方に住む家族を含む)の誰かが外来・入院治療や在宅ケアを受ける際には、付き添いや看病のための欠勤・休職が必要になるケースがあります。これに伴う生産性の低下を抑制する上でも、家族の健康が重要になります。
 上記2つの施策について、根拠に基づく保健・医療サービスが提唱されています。データヘルス計画はこれが想定され、保健・医療データの活用が基本になります。具体的には、①定期健診と特定健診の結果やレセプトの情報収集、②健康リスクの種類や発症リスクの分析、③健康管理と保健指導、二次予防への情報の活用があげられます(注5)。これらは、医療費(健康保険料)の増加率抑制につなげる上でも有用と考えられています。

(注1)健康経営については、No.92のエッセイを参照。健康日本21については、厚生労働省(2012)「健康日本21 総論」https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/kenko21_11/pdf/s0.pdf(2018年12月14日最終確認)、データヘルス計画については、厚生労働省(2017)「データヘルス計画 作成の手引き(改訂版)」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000201969.pdf(2020年9月23日最終確認)等を参照。
(注2)健康リスクについては、No.278のエッセイを参照。
(注3)ウェルネス・プログラムは、各職場内での健康増進の取り組みを指しています。この場合には、業種・職種に応じたプログラムが望ましいとされます。
(注4)具体策の一つとして、各医療保険者やIT関連企業は、生活習慣の改善や健康管理、セルフケアの情報を提供しています。
(注5)二次予防は早期発見・早期治療が基本であり、早期発見はCTやMRI等による精密検査、早期治療は検査結果に基づく初期段階での治療をそれぞれ指しています。

(執筆:安部雅仁)

日々是総合政策No.278

社会保障の財政安定化と予防医療(上)

日本では、社会保障の財政安定化は、重要な政策課題になっています。社会保障の中核は年金、医療、介護の社会保険であり、これらの給付費は、主に高齢化に伴って増加しています(表1)。

注)1990年の介護は、福祉その他に含まれており、2000年の介護保険制度の導入以降、これは個別の項目として表示される。福祉その他は、主に生活保護、児童福祉、障がい者福祉を指している。
出所)国立社会保障・人口問題研究所(2021)「社会保障統計資料」https://www.ipss.go.jp/ss-cost/j/fsss-R01/R01.pdf(2022年10月10日最終確認)、内閣府(2021)「高齢化の現状」https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2020/html/zenbun/s1_1_1.html(2022年10月10日最終確認)より作成。

 基本財源は、社会保険料と公費(国と地方自治体の財政負担)ですが、経済の低成長と財政赤字の長期化により、財源の安定確保が次第に困難になっています。不足財源の一部は、公債発行収入に依存しており、公債残高の対GDP比が大きく上昇しています(注1)。
 こうした課題について、様々な対策が検討・実行されています。具体的には、社会保険料率と消費税率、医療と介護の自己負担率それぞれの引き上げがあげられます(注2)。また、診療報酬と介護報酬の増加率の抑制や薬価基準の引き下げの他に、年金の受給開始年齢の引き上げが行われています。
 負担の増加と給付の抑制が基本的方向になっていますが、人口動向や疾病構造の変化を踏まえた議論が必要になっています。人口動向については、周知のように、少子高齢化が進行する中で、総人口が減少しています。課題の一つは、主な負担者としての労働者、特に若年労働者が減少する一方、健康リスクのある高年齢の労働者が増加することにあります。健康リスクは、血圧・血糖値の上昇、肥満、喫煙・飲酒習慣、運動・睡眠不足、ストレスを指しており、広義には既往症が含まれます。
 これは、年齢や性別、体質により個人差があるとされますが、加齢に伴う疾病、とりわけ生活習慣病の一因にもなっています。生活習慣病は、悪性新生物、心臓疾患、脳血管疾患、糖尿病、高血圧性疾患等を指しており、疾病構造の変化は、これらの患者が増加していることにあります。
 予防医療の目的は、本来、健康リスクの低減や発症・重症化の抑制により、各人の心身の健康あるいは生活の質(QOL)を長期的に維持することです(注3)。これは、社会保障の負担と給付の議論には直接関係しないとはいえ、次の3つにつなげる施策として重要と考えられます。第1は労働生産性の維持・向上、第2は労働者の長期就労、第3は医療費増加率の抑制です。第1と第2は、限られた労働力の中で経済成長を維持しながら、社会保障の負担者を確保する要件の一つにもなりえます。
 次回は、具体的方法を整理して、今後の方向を展望します。

(注1)公債残高(国債と地方債の発行残高)の対GDP比は、2019年には約200%になっており、他の先進国と比べ突出しています。なお、公費は、社会福祉関係の基本財源でもあるため、財源の安定確保と財政の健全化を同時に進めることが、現代の重要課題になっています
(注2)消費税率の引き上げにより財源を確保して、主に年金と医療、介護に配分する施策として、「社会保障と税の一体改革」が進められています。これを基本に、給付費の増加と少子高齢化(労働力人口の減少)がさらに進む2040年を見据えた施策として、「全世代型社会保障改革」が唱えられています。2040年の高齢化率は35.3%、社会保障給付費は、少なくとも188.2兆円になると推計されています(内訳は、年金が73.2兆円、医療が66.7兆円、介護が25.8兆円、福祉その他が22.5兆円)。厚生労働省(2021)「全世代型社会保障改革について」https://www.mhlw.go.jp/content/12602000/000727508.pdf(2022年10月10日最終確認)。
(注3)予防医療は、健康寿命の延伸において有用とされます。これは、2000年にWHO(世界保健機関)が提唱した概念とされ、「健康上の理由により日常生活が制限されることなく、自立した生活ができる期間」を指しています。日本では、2019年における男性の健康寿命が72.68歳、平均寿命が81.41歳(8.73歳の差)であり、女性はそれぞれ75.38歳、87.45歳(12.07歳の差)になっています。健康寿命を延ばしながら、こうした年齢差を縮めることは、各人のQOLに限らず、経済・社会全体にとって有益とされます。

(執筆:安部雅仁)

日々是総合政策No.213

オンライン診療-カイザー・パーマネンテの事例を参考に(下)

 前回(No.201)は、アメリカにおけるオンライン診療の一例として、カイザー・パーマネンテの事例を概観しました。オンライン診療は、医師と患者間での情報通信機器の活用により、診察・診断、処方等をリアルタイムに行うものです。これは、①COVID-19の感染予防・早期検査につなげ、②基礎疾患患者の受診機会を確保する上で有用とされます。
 各保険団体とアメリカ医師会、連邦・州政府の対応によりオンライン診療の提供体制と受診機会が拡充されましたが、新規患者を担当する医師にとって、既往症や診療・服薬歴の把握が課題の一つになっています。実際には、ビデオ通話等での問診が基本になり、患者の記憶が曖昧な場合には、適切な診断や処方ができないケースがあるとされます。
 カイザー・パーマネンテのオンライン診療は、本来、上記②への対応が想定され、2005年に導入された独自のプログラムにより行われます。具体的には、担当医と患者において、PHR(Personal Health Record)が共有・活用されますが、これは、健診結果と各検査項目の経年変化、検査画像、既往症や診療・服薬歴が長期的に記録された個人の電子記録です(注1)。COVID-19の感染拡大前に、こうした体制がとられていたため、患者情報の把握の上で、①と②に対応することが可能になっています。
 本来、オンライン診療は、上記②を基本に、外来・入院等の対面診療の補完として位置づけられるものであり、遠隔での経過観察や保健・服薬指導においても活用されます。これを実践して、一定の成果を得る上では、担当医と患者において、PHRを長期的に共有しうる体制が有用と考えられます(注2)。
 日本においても、2020年4月以降、オンライン診療(初診を含む)の対象が拡大され、これを実施する医療機関が増加する一方、利用者の拡大には必ずしもつながっていないとされます。COVID-19の収束後のオンライン診療のあり方について議論されていますが、これは、医療の提供体制や診療報酬等の制度対応、PHRの導入・活用の可能性を含め、長期的視点を踏まえた検討が必要とされます(注3)。これは、医療のIT化にも関係する大きなテーマであり、今後の動向を踏まえ、機会をあらためて整理・検討します。

 注1)2005年に導入されたプログラムは、「My health manager」と言われます。カイザー・パーマネンテのPHRとMy health managerの詳細については、次を参考にしてください。
安部雅仁(2018)「カイザー・パーマネンテの「患者参加型の医療」ITプログラム-My health managerの目的、方法および成果」,国立社会保障・人口問題研究所『社会保障研究』,Vol.3,No.2,pp.299-313(http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/sh18030211.pdf)。
 注2)カイザー・パーマネンテの加入者の大半は、乳幼児期・就学期から就労期~高齢期までの長期・継続加入者になります。近年では、慢性疾患を抱える40歳代以上の加入者(とりわけ高齢者)が増加しており、PHRを活用するオンライン診療は、在宅医療の浸透と受診の利便性、予防と治療の継続性それぞれにおいて有用とされます。
 注3)こうした課題に関連して日本医師会は、PHRを「国民の健康や医療において役立つ重要なツール」と捉えており、このためには、かかりつけ医の役割と国民の健康意識の向上が必要とされます。日刊工業新聞社「日本医師会の主張、医療健康データ持ち歩く「PHR」の価値と懸念」,https://newswitch.jp/p/24078(2021年3月1日最終確認)等より。なお、日本では、一部の医療機関以外、PHRの導入・活用はほとんど進んでいません。主な理由として、資金面での制約の他に、投下資金に対する収入(診療報酬等の制度対応を含む)の見通しが立たないことがあげられています。

(執筆:安部雅仁)

日々是総合政策No.201

オンライン診療-カイザー・パーマネンテの事例を参考に(上)

 前回(No.186)は、アメリカにおけるCOVID-19の感染者数とオンライン診療の利用状況を概観しました。現在でも感染者が増加しており、12月26日までの累計数、死亡者数がそれぞれ約1,873万人、33万人になっています(注1)。
 ワクチンや治療薬の研究・開発が急務とされますが、オンライン診療は、①COVID-19の感染予防・早期検査につなげ、また、②基礎疾患患者の受診機会を確保する上で有用とされます。今回は、カイザー・パーマネンテの事例を取り上げます(注2)。
 上記の①について、ウェブサイト(Kp.org)において「COVID-19:Latest updates about the vaccine, testing, how to protect yourself and get care」等のコンテンツが設けられています。加入者は、この中の「Looking for care options? Start with an e-visit or COVID-19 assessment to share your symptoms and get guidance for care」をパーソナル・コンピュータや携帯端末により確認して、「I have a kp.org account」 ⇒ 「Start an e-visit」、「USER ID」、「PASSWORD」の入力後にオンライン診療となります(注3)。
 ②については、加入者は専用の「Member’s service」 ⇒ 「Start an e-visit」あるいは「Get care、USER ID」、「PASSWORD」を入力して、オンライン診療を受診します。①と②において、各加入者が最初に接する医師は、健診結果や診療・服薬歴を把握している担当医(主に家庭医等のプライマリケアに従事する医師)になります。
 これまでの実績の一例は、次のようになっています。

図 カイザー・パーマネンテのオンライン診療の実績(一例)
出所)Kaiser Permanente「COVID-19: The latest information」、「Kaiser Permanente’s Response」https://about.kaiserpermanente.org/our-story/news/announcements/coronavirus-the-latest-information(2020年12月26日最終確認)。
注)外来診療の約50%がオンラインによるものとされ、図の(1)には、上記①、②の利用者が含まれます(基礎疾患を抱えた加入者・患者がCOVID-19に感染したケースもあるとされます)。(2)のRxは処方箋の略称であり、薬剤の入手方法として、カイザー・パーマネンテの契約薬局での受け取り、あるいは自宅への郵送を選択することができます。Rxの中でCOVID-19関係の薬剤は、FDA(Food and Drug Administration)により承認されたもの、あるいは緊急使用の許可が得られたものになります(服薬指導もオンラインを通して行われます)。(3)は主にPCRの検査数ですが、検査外来に限らず、検査キット(郵送)の利用が増えています。この費用は(現段階では)無料とされ、原則的に連邦政府や州政府の補助金により賄われることになっています。検査方法については、Kaiser Permanente「Facts about COVID-19 testing」https://healthy.kaiserpermanente.org/health-
wellness/coronavirus-information/testing
を参照。

 PCR検査等の結果と症状、基礎疾患の症状により、在宅診療の継続、あるいは精密検査や入院等の判断がなされます。これらの早期対応と対面診療の補完として、オンライン診療が広く活用されています(注4)。
 次回は、これに関するカイザー・パーマネンテの運用・管理システムを整理します。具体的には、2005年以降に導入されたオンライン診療の方法を取り上げ、これが上記の①、②に応用されていることを見ていきます。

注1)Centers for Disease Control and Prevention「CDC COVID Data Tracker」https://covid.cdc.
gov/covid-data-tracker/#cases_casesper100klast7days(2020年12月26日最終確認)より。アメリカでは、10月末以降、感染者数、死亡者数が急増しており、前回(No.186)の10月21日時点ではそれぞれが約810万人、22万人でしたが、およそ3か月後の12月26日までに前者が1,873万人(1,063万人増)、後者が33万人(11万人増)となっています。
注2)カイザー・パーマネンテは、全米の9地域において医療保険事業を展開する非営利の民間保険団体であり、カリフォルニア州が中心拠点になっています(約1,200万人の加入者の中で、70%が同州の居住者です)。今回は基本的な方法を整理することにして、成果や課題については、詳しい情報が確認できた段階で、別稿において取り上げます。なお、カリフォルニア州は、感染率(人口10万人あたりの陽性者の割合)が高く、感染者数が全米で最多の約200万人となっています。
注3)加入者以外は、I don’t have a kp.org account ⇒ Start a COVID-19 assessmentにアクセスしてオンライン診療の受診となります。この場合には、医師は初診の患者として症状や既往症、治療・服薬歴を聴取・把握する必要があります(これに要する費用の一部は、州政府の負担とされます)。
注4)加入者がオンライン診療を受診する際には、原則的に追加負担は発生しません。主な理由は、カイザー・パーマネンテの医療保険事業の基本目的が「重症化・長期入院の抑制」(広くは予防医療の重視)にあり、オンライン診療はこのための方法の一つと考えられていることにあります。

(執筆:安部雅仁)

日々是総合政策No.186

オンライン診療(アメリカの動向整理)

 前回(No.163)は、COVID-19の感染者、基礎疾患等の患者それぞれの受診方法として、オンライン診療(遠隔診療)の基本的内容を整理しました。今回は、アメリカの事例を取り上げる予定でしたが、この前にオンライン診療の動向と主な課題を見ておくことにします。
 各メディアにおいて報じられているように、アメリカではCOVID-19の感染者が急増しており、CDC(Centers for Disease Control and Prevention)の調査によれば、2020年10月21日時点での感染者、死亡者がそれぞれ約810万人、22万人となっています(注1)。これらの対応の一つとして、COVID-19の感染予防と在宅診療、基礎疾患患者の受診機会の確保、それぞれを基本目的にオンライン診療が導入され、利用者が増加しています。図1は、こうした動向を示す一例です。

図1 オンライン診療の利用状況
*)調査の対象者は225,742名(18歳以上、無作為抽出)。
出所)CivicScience「Telemedicine Adoption Stagnant for First Time During Pandemic in August」より作成。https://civicscience.com/telemedicine-adoption-stagnant-for-first-time-during-
pandemic-in-august/(2020年10月20日最終確認)。

 COVID-19の感染者が拡大する前の2020年1~2月には、オンライン診療の利用者割合は11%程度でしたが、感染者が大きく増加した3月以降これが上昇して、8月には36%になっています(注2)。
 オンライン診療の増加に伴って(あるいはその促進策として)、いくつかの対応が検討・導入されています。一例として連邦政府は、医師-患者間でのアクセスを容易にする上で、HIPAA(Health Insurance Portability and Accountability Act)の罰則規定を一時的に緩和しました。これにより、無料・低負担の通話ツール(Google、Zoom、Skype等)でのオンライン診療の利用機会が拡大されることになりました(注3)。
 多くの保険団体では、COVID-19の検査に要する自己負担の引き下げや無料化を進めており、オンライン診療の報酬を設定・加算するケースも見られます(注4)。また、アメリカ医師会は、オンライン診療の利用者増加に対応する上で、医師用のマニュアルを作成・開示しています(注5)。
 アメリカでは、COVID-19の感染者拡大がオンライン診療の導入・拡充の大きな起点になっていますが、そのシステムは検討・構想の過程にあると考えられます。次回は、いくつかの保険団体の事例(システム)を取り上げる予定です。

(注1)Centers for Disease Control and Prevention「CDC COVID Data Tracker」より。https://
covid.cdc.gov/covid-data-tracker/#cases_casesper100klast7days
(2020年10月21日最終確認)。
(注2)オンライン診療は、慢性疾患やメンタルヘルスの健康相談、服薬指導と緊急時の対応、在宅診療の促進それぞれにおいても有用とされます(図1の「利用した/利用している」には、こうした患者も含まれます)。なお、患者の一定割合は、オンライン診療の有効性・安全性について懐疑的とされ、図1の「関心がない/考えたことがない」とする理由の一つは、これにあるとされます。
(注3)U.S. Department of Health & Human Services「HIPAA and COVID-19」https://www.
translatetheweb.com/?from=en&to=ja&ref=SERP&refd=www.bing.com&dl=ja&rr=UC&a=http
s%3a%2f%2fwww.hhs.gov%2fcoronavirus
(2020年10月20日最終確認)。これについては、プライバシー保護に関係する課題が指摘されています。
(注4)各保険団体の対応として、BlueCross BlueShield、Kaiser Permanente、UnitedHealth Group、Humana、Aetna等のウェブサイトが参考になると思います。それぞれの「保険団体名、COVID-19」を入力・検索すれば、概要を見ることができます。なお、医療機関においてもオンライン診療が導入されていますが、対応方法は異なっているようです。
(注5)American Medical Association「AMA COVID-19 Guides」https://www.ama-assn.
org/topics/ama-covid-19-guides
(2020年10月19日最終確認)。

(執筆:安部雅仁)

日々是総合政策No.163

感染性疾患の医療経済学(下)

 前回(No.137)は、感染性疾患の一つとして新型コロナウイルス(以下、COVID-19)を取り上げ、基本的課題を概観しました。日本では、経済や医療への影響を最小化する上でいくつかの対策がとられていますが、今回は、オンライン診療(遠隔診療)について検討します。
 オンライン診療は、「遠隔医療のうち、医師—患者間において情報通信機器を通して、患者の診察及び診断を行い診断結果の伝達や処方等の診療行為を、リアルタイムにより行う行為」(注1)とされます。COVID-19感染者の受診機会として、4月13日以降、時限的・特例的にオンライン診療が可能になりました(注2)。基本目的は、感染拡大の抑制、医療提供体制の維持にあり、これは、院内感染の抑止に限らず、経済への悪影響の長期化を回避する上で有用とされます。
 一方、基礎疾患等の患者がCOVID-19への感染を憂慮して通院を控え、これに伴う症状の悪化、重症化が懸念されています。オンライン診療は、こうした患者の受診機会を確保する方法の一つとしても重要性が増しています。
 本来、オンライン診療においては、かかりつけ医の役割と診療・服薬歴の把握が重要になります。一般に、医師と患者間でのテレビ電話(パーソナル・コンピュータ、携帯端末等)の活用が基本になりますが、初診の際にこうした情報が確認できない場合には、医師の適切な判断・処置が困難になるケースがあるとされます。また、再診以降、医師は診療・服薬歴を確認することができる一方、患者はこうした情報が手元にない状態でオンライン診療や対面診療を継続することになります。
 筆者は、かかりつけ医の役割に限らず、IT(ICT)が普及する中では、患者が健康と医療の情報を確認・活用できるシステムが重要と考えています。一例として、患者は自分の健康状態や治療・服薬歴を確認してセルフケアに取り組み、かかりつけ医の指導による健康維持・管理(緊急時の対応を含む)が可能になる体制が望ましいと思われます(注3)。
 これまで日本では「フリーアクセスの対面診療」が基本とされ、こうしたシステムは必ずしも重視されませんでした。次回は、COVID-19の感染者が特に多いアメリカにおいて、オンライン診療が通常の医療として実践される事例を取り上げます。

(注1)厚生労働省「オンライン診療の適切な実施に関する指針」
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000201789
pdf#search
)p.5。
(注2)厚生労働省「新型コロナウイルス感染症の拡大に際しての電話や情報通信機器を用いた診療等の時限的・特例的な取扱い」(https://www.mhlw.go.jp/content/000620995.pdf#search)等を参照してください
(注3)日本医師会では、「新しい生活様式」の一つとして、これに類似する「提言」がなされています(日本医師会「日医ニュース」2020年6月20日,No.1411を参照)。こうした方向でのIT(ICT)化を進める場合には、運用・管理システムの他に、診療報酬等の制度対応の検討が必要になります。

(執筆:安部雅仁)

日々是総合政策No.137

感染性疾患の医療経済学(上)

 医療の分類方法の一つとして、「非感染性疾患」、「感染性疾患」があげられます。前者は、主に悪性新生物、心臓疾患、脳血管疾患等の生活習慣関連病を指しており、感染の影響が無いとされます。後者は、インフルエンザ、肝炎、結核等を指しており、予防接種や早期治療により発症・感染予防が可能とされます。
一方、新型コロナウイルスは、現在(2020年4月11日)では予防や治療方法が確立されていないため、人への感染から地域や国、あるいは他国へも感染が拡大しています。今回は、感染性疾患の問題を取り上げて整理します。
 論点を分かりやすくするために、A、Bの2人の個人(労働者)を例に考えます。Aの所得をIa、BのそれをIbとして、IaとIbは労働時間により変動すると仮定します。以下では、(1)感染拡大の回避が可能なケース(インフルエンザ)、(2)感染拡大の回避が困難なケース(新型コロナウイルス)に分けて考えます。
 (1)について、Aが予防接種を受けずに罹患した場合、Iaの低下につながりますが、Bがこれを受けて感染しなかった際には、Ibは(少なくとも短期的には)不変です。両者が予防接種を受けずに罹患・重症化した場合には、IaとIbの減少により社会全体の所得が低下することにもなりえます。両者の健康と稼得機会を維持する上で、予防接種や早期治療等の予防医療が重要になります(注1)。
 (2)のケースでは、現在はこうした対応が不可能とされ、Aが感染した際のBの予防方法が限られ、IaとIbの減少につながる可能性が高くなります。こうした状態が長期化した場合には、消費の減少に伴う経済全体の停滞が懸念されます。
 感染拡大の主な予防策として、①手洗い・うがいの励行、②外出の自粛、③密閉空間・密集場所・密接場面の回避があげられますが、②と③が長期化した場合にも経済に悪影響が及びます。日本を含め、多くの国がこうした状態になりつつある(あるいは、そのようになっている)とも言われます。
 次回は、いくつかの対策(提案)の中でも、遠隔診療を中心に検討します。

(注1)これは一般に「外部経済」として議論されます。厳密には、予防接種等の費用と副作用、他者(他集団)への感染抑制効果を考慮する必要があります。

(執筆:安部雅仁)

日々是総合政策No.92

予防医療(下)

 前回(No.70)は労働者の予防医療を取り上げ、その意義を考えました。今回はこれまでの経緯を概観して、今後の課題と方向を整理します。
 一般に予防医療は、一次予防としての健康リスク・発症率の低減、二次予防としての重症化・長期入院の抑制を指しています。前者の方法は定期健診と健康管理・保健指導、後者の方法は検診による早期発見・早期治療が基本になります。労働者の予防医療の一例として、1988年の「トータル・ヘルスプロモーション・プラン」があげられ、主な目的は、一次予防による「心とからだの健康づくり」にあります。
 近年では、これを生産性の維持・向上と医療費の削減にも応用しようとする「健康経営」が提唱され、2009年頃より大企業を中心に導入されています(注1)。健康経営は、アメリカの「Health and Productivity Management」が日本に取り入れられたものとされ、民間のプログラムとして多くの企業に浸透することが期待されています(注2)。今後の課題として、主に次の3つがあげられます。
第1は、労働者の主体的参加と行動の促進策です。健康経営の基本的方法は「企業と保険者のコラボヘルス」にあるとされますが、IT(情報技術)の活用等による労働者参加型の予防プログラムが重要になります。また、成果向上のための経済的誘因の導入が有用とされます。
 第2は、一次予防と二次予防の連携です。前者の成果(健康リスク・発症率の低減)は後者の成果(重症化・長期入院の抑制)につながり、これらは生産性や医療費にも影響を与えます。このためには、一次予防と二次予防(あるいは健康経営と医療制度)の連携により、早期発見・早期治療を強化する政策が必要になります。
 第3は、長期的予防プログラムの導入です。健康経営により期待される成果の一つに健康寿命の延伸があげられ、このためには就労期の予防の取り組みが高齢期にも継続される必要があります。これについては、国民健康保険等での保健事業の強化やセルフケアの促進それぞれのプログラムが重要になります(注3)。
 前回と今回は労働者の予防医療を基本にその意義、経緯と課題を整理しました。次回以降は、医療制度の概要と改革の経緯を整理した上で、各人の生涯の予防医療の意義と方向を考えます。

(注1)「健康経営」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
(注2)「Health and Productivity Management」の概要については次の2つが参考になりますが、企業の業種や労働者の職種あるいは保険団体によりプログラムの内容は多様です。
ACOEM GUIDANCE STATEMENT(2009)“Healthy Workforce/Healthy Economy:The Role of Health, Productivity, and Disability Management in Addressing the Nation’s Health Care Crisis”, Journal of Occupational & Environmental Medicine. Vol.51, No.1, pp.114-119.
Hymel, P., R, Loeppke. and C, Baase, et al.(2011)“Workplace Health Protection and Promotion A New Pathway for a Healthier—and Safer—Workforce”, Journal of Occupational & Environmental Medicine. Vol.53, No.6, pp.695-702.
(注3)アメリカでは、以上の3つの課題に関連して参考になる事例がありますが、これについては別の機会に取り上げます。

(執筆:安部雅仁)

日々是総合政策No.70

予防医療(上)

 前回(No.42)は、日本の医療制度改革の経緯と方向を概観しました。医療制度改革の基本目的の一つは「国民皆保険制度の維持・安定化」にありますが、これにはいくつかの検討課題があり相互に関連しています。具体的には、①診療報酬、②薬価制度、③社会保険料と租税の負担(国民負担率)、④患者自己負担と高額療養費、⑤医療の提供体制(かかりつけ医機能、遠隔診療を含む)、⑥予防医療があげられます。
 こうした課題について、医療費と経済・財政の動向や人口と疾病構造の変化、治療・検査技術の進歩等が考慮され、改革が行われてきました。一般に①~⑤が重要課題になっており、これらを整理・検討した上で⑥の予防医療を取り上げる予定でしたが、近年ではその中でも労働者の予防医療の重要性が増しています(注1)。今回は、この意義を先に整理しておきたいと思います。
 労働者の予防医療は、主に経済産業省と厚生労働省、企業と保険者(健康保険組合等)において提唱され、大企業を中心に多様なプログラムが導入されています。一般にこうしたプログラムは、企業と保険者の協働(コラボレーション)によるものとされますが、労働者の主体的参加と行動が重要になります。
 予防医療の基本目的は、労働者の健康を長期的に維持・増進させることにあります。これにより期待される成果として、第1は労働生産性の維持・向上、第2は就労可能年数の延長があげられ、第3に重症化・長期入院の抑制による医療費軽減が期待されます。第1と第2は生産年齢人口が減少する中で有用とされ、第2は公的年金の繰下げ受給の選択につながる基本的要因にもなりえます(この場合には、高齢者雇用のあり方が問われることになります)。
 日本では(欧米の先進国に比べ)予防医療は必ずしも重視されていないとされ、また「予防による医療費抑制効果は明らかではない」とも指摘されます(注2)。こうした評価がなされていますが、健診・検査機器と検査技術(データ管理を含む)の進歩、疫学研究の進展により予防医療の質的向上が可能とされる現代では、予防医療には医療費の多寡では規定しえない意義があると言えます。
 今後の方向を考える上では、これまでの経緯と課題を整理する必要があります。これについては次回、「予防医療(下)」として取り上げます。

(執筆:安部雅仁)

(注1)一例として、日本経済新聞(2019年9月3日)「予防医療、企業を支援-社会保障改革 7年ぶり始動」が参考になります。
(注2)Cohen, J., P, Neumann. and M, Weinstein(2008)“Does Preventive Care Save Money? Health Economics and the Presidential Candidates”. The New England Journal of Medicine, Vol.358, No.14, pp.661-663.津川友介(2014)「予防医療のうち医療費抑制に有効なのは約2割」https://healthpolicy healthecon.com/2014/07/17/cost-saving-preventive-medicine/(2019年9月6日最終閲覧).