日々是総合政策No.274

再考:純資産税(6)-スイスの純資産税(続)

 今回は、注によるスイスの純資産税の効果分析をとりあげ、その要点を解説します。注は、2009年に各州が実施した純資産税率引下げによる課税資産の増大効果とその要因を明らかにしています。なお、同国の純資産税は税率決定権のある州の税です(本コラムNo.271を参照)。注では、隣接しているLucerna州とBern州の個人税申告データが使用されています。以下、L州とB州と記します。L州の税率は0.56%から0.28%へ、B州は0.74%から0.64%へ引下げられました。
 さて、L州での申告課税総資産の増加率(2009年から2015年までの増加の合計を2008年の値で割ったもの)が60.9%、B州が20.3%なので、その差40.6%を税率引下げの総反応と呼び、これを100%として、申告課税総資産の増大に寄与した要因を推定しています。
 まず、総反応の20%が不動産の価格増加によります。税率低下により、税引き家賃・地代(持家の帰属家賃などを含む)が増え、不動産価格が上昇します。次に総反応の24%が、L州への納税者の純移住増加です。国内だけでなく外国からの移住者も含ます。最後に50%が、L州に在住し続けた住民の申告課税金融資産の増大です。
 総反応50%の要因を精査すべく労働や貯蓄の増大を検討したところ、前者の効果はなく、後者も総反応の4.3%に過ぎません。注はこの点を踏まえ、その重要な要因として脱税の減少を示唆しています。ここで注目すべきは、スイス国内の銀行には顧客の金融資産について「秘密保持」が認められている点です。つまり、銀行口座の金融資産については納税者の自主申告であり第三者が介在しません。脱税のコストが低く中間層による脱税も可能です。他方、脱税は税率が高いほどメリットが大きい。大幅な税率引下げが脱税の誘因を弱め、申告される課税金融資産が増大したというわけです。
 純資産税減税の主要な効果として、貯蓄の増加ではなく脱税の減少を示唆した点、意義深いと思います。資産保有階層別にみた脱税の実態解明が求められます。


Brülhart,M,J,Gruber,M,Krapf,and K,Schmidheiny [2019]“Behavioral Responses to Wealth Taxes: Evidence from Switzerland.” CESifo Working Papers 7908.

(執筆:馬場義久)

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