日々是総合政策No.147

特別定額給付金(下)

 新型コロナウイルス感染症緊急経済対策として実施されている特別定額給付金(一律に一人当たり10万円の給付)の給付事業費は、12兆7,344億14百万円(約12.73兆円)です(注1)。
 軽減税率制度のもとでの消費税率(国・地方)1%分の税収を2.1兆円程度と仮定すれば(注2)、この特別定額給付金は消費税率6(12.73÷2.1)%分の消費税減税を行える予算規模になります。12.73兆円の特別定額給付金も12.73兆円(税率6%分)の消費税減税も、特定の個人や世帯を限定しない普遍主義的な政策という点では同じです。しかし、消費税減税なしでの12.73兆円の特別定額給付金と12.73兆円(税率6%分)の消費税減税とでは、立法措置が異なり、政策実施の迅速性や行政費用も異なり、人によって受益も異なり、さらに消費税体系としての違いが出てくるとも考えられます。
 一律に一人当たり10万円の給付を行うことは、単純に消費税率を均一の10%だとしますと、一人当たり年間100万円分の消費を基礎消費として、この基礎消費に係る消費税額分10(10%×100)万円を一律に還付することとも考えられます。つまり、支払税額=税率×(年間消費−基礎消費)=税率×年間消費−税率×基礎消費=支払消費税額−定額給付金ですので、比例消費税と定額給付金をセットで考えれば、累進消費税(付加価値税)体系になります。このときの「累進」とは、年間消費が高い者ほど平均消費税率(支払税額÷年間消費)が高くなることを意味しています(注3)。この点に関しては、定額給付金は負の人頭税ですので、「付加価値税に負の人頭税を併用した累進付加価値税」を新しい支出税として、提示することもできます(注4)。他方、税率6%分の消費税減税は4%の比例消費税(付加価値税)になります。そこで、両者には消費税体系としての違いがあるとも考えられるのです。
 今回の特別定額給付金は一時的措置なので、これを来年度以降に継続しなければ累進消費税体系とは考えられません。そこで、来年度以降も何らかの形で定額給付金を継続させるのか否か、コロナ禍の収束後に東日本大震災に係る復興税のような形で当該緊急経済対策に係る公債の償還財源を考えるのか否かは、検討してみても良いでしょう。

(注1)総務省「特別定額給付金(新型コロナウイルス感染症緊急経済対策関連) 」
https://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/gyoumukanri_sonota/covid-19/kyufukin.html <2020年5月18日最終アクセス>
(注2)馬場義久・横山彰・堀場勇夫・牛丸聡(2017)『日本の財政を考える』有斐閣、51頁で示されているように「軽減税率制度のもとでの消費税率1%の増収額は、2.04(もしくは2.23)兆円程度と見込め」ますので、ここでは消費税率1%の税収を2.1兆円程度と仮定しています。ただし、この税収見込みは、国民経済計算の最終消費支出に左右されますので、コロナ禍の影響でかなり低下するでしょう。
(注3)累進所得税の「累進」は、年間所得が高い者ほど平均所得税率が高くなることを意味します。累進所得税と累進消費税の違いは、個人の支払い能力(経済力)を所得で考えるか消費で考えるかの違いです。一般に、「消費税は逆進的である」といわれるのは、高所得者ほど所得に占める消費税額の割合が低くなるからで、所得分配への効果としての逆進性があるからです。詳しくは、加藤寛・横山彰(1995)『税制と税政:改革かくあるべし』読売新聞社、217-218頁を参照ください。
(注4)この新しい支出税の考え方については、横山彰(1994)「新しい支出税体系の検討」『租税研究』(日本租税研究協会)第535号、4-12頁、加藤・横山前掲書(注3)、214-221頁、横山彰・馬場義久・堀場勇夫(2009)『現代財政学』有斐閣、271頁を参照ください。

(執筆:横山彰)

日々是総合政策No.143

特別定額給付金(上)

 新型コロナウイルス感染症緊急経済対策として、特別定額給付金などを含む令和2年度補正予算が2020年4月30日に成立しました。特別定額給付金は、4月20日の閣議決定で、「医療現場をはじめとして全国各地のあらゆる現場で取り組んでおられる方々への敬意と感謝の気持ちを持ち、人々が連帯して、一致団結し、見えざる敵との闘いという国難を克服しなければならない。このため、感染拡大防止に留意しつつ、簡素な仕組みで迅速かつ的確に家計への支援を行うこととし、一律に、一人当たり10万円の給付を行う」(注1)と示されたもので、その給付対象者は基準日(2020年4月27日)において住民基本台帳に記載されている者(日本国籍を有しない者も含む)、受給権者はその者の属する世帯の世帯主となっています(注2)。
 この特別定額給付金は、4月7日閣議決定の新型コロナウイルス感染症緊急経済対策における減収世帯への30万円給付(注3)を変更したものです。減収世帯への30万円給付は給付対象を困窮している世帯に限定した家計への支援対策であるのに対し、そうした限定をしない家計への支援対策が特別定額給付金です。この違いは、選別主義的な政策か普遍主義的な政策かの違いになります。
 現行の児童手当制度では、原則的に扶養親族等の数に応じた所得制限がありますが、所得制限限度額以上の場合にも特例給付として児童1人につき月額5千円が支給されます(注4)。これは、選別主義を基にしながらも普遍主義も併せ持った政策になっています。新型コロナウイルス感染症緊急経済対策としての家計への支援対策は、特別定額給付金の普遍主義的な政策を基にしながらも、感染症発生の影響で真に困窮している世帯に給付対象を限定した追加的給付の選別主義的な政策を抱き合わせることが求められるかもしれません。ただし、減収世帯への30万円給付において減収世帯の線引き基準が大きな問題となったように、選別主義的な政策では明確で合理的な線引き基準を設けることが肝要になります。

(注1)内閣府「「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」の変更について(令和2年4月20日閣議決定)」 23頁より引用。
(注2)総務省「特別定額給付金(新型コロナウイルス感染症緊急経済対策関連) 」 を参照。
(注3)内閣府「「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」について(令和2年4月7日閣議決定)」 23頁を参照。
(注4)内閣府「児童手当制度のご案内」 を参照。この現行制度に加え、新型コロナウイルス感染症緊急経済対策として、児童手当(本則給付)を受給する世帯への臨時特別給付金(児童手当1万円上乗せ)もなされています(注1を参照)。

なお、注記でリンクを貼ったURLの最終アクセスは、すべて2020年5月4日です。

(執筆:横山彰)

日々是総合政策No.135

新型コロナウイルス感染症拡大に関する情報について 

 諸外国とともに日本でも、新型コロナウイルス感染症拡大の影響が深刻になっています。若い人々も、テレビ・ラジオ・新聞などのマスメディア、インターネット・スマートフォンなどを通したWebメディアやソーシャルメディアで、色々な情報を目にしているかと思います。そうした情報について、信頼性の高い情報をどのように得るのでしょうか。
 私は定期購読している全国紙やNHK・民放などのニュース報道を見ますが、私の主要な情報源は種々のWebサイトです。とりわけ、各種メディアにおいて言及されるデータを含めた科学的知見や政策対応に関する一次資料を掲載している、日本政府(特に首相官邸・内閣官房・厚生労働省)・地方公共団体(特に東京都・大阪府と地元の埼玉県)・国立感染症研究所・日本医師会やWHO(World Health Organization: 世界保健機関)などのWebサイトで情報を得ています。これらの中で、ポータルサイトとして役立てているのがNHK「特設サイト 新型コロナウイルス」、内閣官房「新型コロナウイルス感染症の対応について」、厚生労働省「新型コロナウイルス感染症について」です。
 多文化共生の視点からしますと、内閣官房のWebサイトは、首相官邸の英語・中国語のパンフレットにリンクが貼られていますが、必ずしも十分とはいえません。この点では、新型コロナウイルスに関する、厚生労働省の英語版・中国語版、東京都の英語・中国語・韓国語・やさしいにほんご版や一般財団法人自治体国際化協会のWebサイトが、日本語を母語としない日本在住の人々に役立つかもしれません。
 上記のWebサイトに加え、私が必ず目を通すのは京都大学山中伸弥教授個人のWebサイト「山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信」です。特に、同サイトに掲載されている「証拠(エビデンス)の強さによる情報分類」、「5つの提言」とその後の「新着情報」は必見だと思います。
 こうしたWebサイト情報を基に、新型コロナウイルス感染症拡大に関する私なりの現状把握と考察を行い、一個人としての行動選択をしています。このエッセイ執筆も、そうした行動選択の一つです。

(注)本エッセイで言及したWebサイトは、以下の通りです(2020年4月6日最終アクセス)。
一般財団法人自治体国際化協会「新型(しんがた)コロナウイルスについて<やさしいにほんご>/About the New Coronavirus<English>」
大阪府「新型コロナウイルス感染症関連情報について
厚生労働省「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の見解等(新型コロナウイルス感染症)
厚生労働省「新型コロナウイルス感染症について
厚生労働省「新型コロナウイルス感染症への対応について(高齢者の皆さまへ)
厚生労働省, “About Coronavirus Disease 2019 (COVID-19)
厚生労働省「有关新型冠状病毒感染症
国立感染症研究所「コロナウイルスに関する解説及び中国湖北省武漢市等で報告されている新型コロナウイルスに関連する情報
国立感染症研究所「新型コロナウイルス感染症(COVID-19) 関連情報ページ
埼玉県「感染確認状況や関連情報
首相官邸「新型コロナウイルス感染症に備えて~一人ひとりができる対策を知っておこう~
東京都「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する情報
内閣官房「新型コロナウイルス感染症の対応について
日本医師会「新型コロナウイルス感染症
山中伸弥「山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信
NHK「特設サイト 新型コロナウイルス
WHO, “Coronavirus disease (COVID-19) Pandemic
WHO「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)WHO公式情報特設ページ

(執筆:横山彰)

日々是総合政策No.130

再分配政策(2):政府の再分配政策と個人の私的動機づけ

 前回(No. 121)は、最悪の事態に対する備えとしての社会保障制度を、再分配政策に対する立憲的な政策需要の観点から考えました。立憲後段階(社会の基本構造や基本ルールの設定後の段階)で、政府の再分配政策を求める個人の私的動機づけもあります。
 政府の再分配政策を考える前に、チャリティーや贈与や援助のような私的な再分配行動をとる個人を分類してみましょう。(1)貧しい他者の所得や効用(満足・福祉)が高くなると自分の効用が高くなる個人、(2)貧しい他者の特定の財・サービス(医療・教育・食料など)の消費水準が高くなると自分の効用が高くなる個人、(3)貧しい他者に自分が手を差し伸べ贈与を与えたという慈善行為そのものから効用を得る個人、(4)貧しい他者に手を差し伸べ贈与を与えた慈善家(良い人)という評判を得ることから効用を得る個人、が考えられます。
 以上の4類型のいずれの個人も、自発的に貧しい他者に所得移転や特定財・サービス移転を行う私的動機を持っています。しかし、類型(3)(4)の個人が行う贈与は私的財の性質を持つのに対し、類型(1)(2)の個人が行う贈与は公共財の性質を持ちます。つまり、類型(1)(2)のような個人にとっては、自分以外の誰かが貧しい他者に手を差し伸べて所得移転や特定財・サービス移転をするならば、自らがそうした移転をしなくとも自分の効用を高めることができますので、フリーライダーが可能になります。言い換えれば、類型(1)(2)のような個人と同じような人々にとっては、貧者である個人の所得や特定の財・サービスの消費水準は、公共財となります。
 したがって、こうした貧者に対する公共財としての再分配を供給する政府の再分配政策を求める個人の私的動機づけとしては、類型(1)(2)のような個人と同じような選好をもつことが考えられのです。ただし、類型(1)の場合には貧者への現金移転が効率的な移転形態ですが、類型(2)の場合には貧者への特定の財・サービスに対する価格補助金が効率的な移転形態になります。

(注)本エッセイは、横山彰(2018)「再分配政策の基礎の再考察」『格差と経済政策』(飯島大邦編、23-45頁、中央大学出版部)の一部を分かりやすく書き直したものである。

(執筆:横山彰)

日々是総合政策No.121

再分配政策(1):最悪の事態に対する備えとしての社会保障制度

 今日の西側先進諸国は社会保障制度を基盤とした福祉国家で、こうした国々では再分配政策の施行が国の重要な役割になっています。再分配政策の背後には、政策決定過程における個々人の再分配政策への政策需要があります(横山, 2018)。
 再分配政策には、個人間・地域間・世代間の経済的格差を是正するための政策だけでなく、最低限の生活保障・賃金保障・医療保障・教育保障などを提供する政策などもあります。皆さんも良く知っている日本国憲法第25条第1項「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」の規定は、国民に最低限の生活保障をすることを国の責務としています。この規定は、ロールズの正義論(Rawls, 1971)からも正当化することができます。社会におけるすべての個人が、今も将来も自分の置かれるポジションないし境遇については全く判らず無知である一方で自分自身の選択に影響を及ぼす一般的事実についてはすべて知っている「無知のヴェール」のもとに置かれている状況を、ロールズは想定します。
 こうした仮説的な「無知のヴェール」に包まれたもとでは、社会の基本構造や基本ルール(憲法規定)を選択する立憲的選択の段階(立憲段階)において個々人が危険を回避する行動を取るならば、すべての個人は、立憲後に生起する最悪の事態(例えば不慮の事故で稼得能力を喪失し助けてくれる家族や隣人もなく生計を維持できない事態)に自分が陥った場合を考えて最低限の生活保障や所得保障を備えた社会保障制度を用意しておくことに、立憲段階で合意するはずです。これが、マクシミン原則ともいわれるもので、社会の基本構造や基本ルールを選択するときには、選択肢となる基本構造や基本ルールの各々で生起する最悪の事態を比較して、その中で最善の(最もましな)基本構造や基本ルールを選択することが望ましいとする考え方です。
 したがって、立憲後の政府の再分配政策に対する個人の立憲的な政策需要は、自分も陥る可能性がある最悪の事態を想定した危険回避的な個人が自己利益を追求することで説明することができます。これが、再分配政策に対する立憲的な政策需要です。

参考文献
横山彰(2018)「再分配政策の基礎の再考察」『格差と経済政策』(飯島大邦編)、23-45頁、中央大学出版部。
Rawls, J. (1971), A Theory of Justice, Cambridge, Mass.: Harvard University Press. 矢島鈞次監訳『正義論』紀伊國屋書店、1979年。

(執筆:横山彰)

日々是総合政策No.112

2020年元旦

 新年明けまして、おめでとうございます。

 元旦にあたり、次世代の若い皆さんに考えていただきたいことがあります。皆さんが一番輝いていたときは何時ですか。その輝いていたときに、ご自分はどう振る舞い、誰がサポートしてくれたのでしょうか。その輝きは、ご自分の努力だけでは生まれませんでした。ご家族の支えや、一緒に過ごした友人や尊敬できる人たちとの出会いの賜物ともいえます。その輝いていたご自分とその状況を、これからも再現することはできるのでしょうか。どのような人と出会えるかは、運もあります。運は、偶然の連鎖ですが、自らの選択にもかかわります。
 選択は、皆さん一人ひとりの意思や選好や感情で決まります。自らの選択が、自分や大切にしている人びとを左右する社会のかたちを決めることになります。ご自分が幸せに過ごせる社会は、自らの選択次第ともいえます。皆さんがいま身を置く社会も、その社会の一人ひとりの選択による集合的な帰結です。その帰結とて不変のものではなく、一人ひとりの選択により新たな社会に日々刻々と変容しています。
 社会とともにご自分も変容することを恐れないでください。ご自分の内なる声に耳を傾け、最善と思える選択をしてください。あるいは、少なくとも最悪を避ける選択をしてください。何もせず静観することも、社会を変革することも、社会から退出することも、選択肢の一つです。
 数ある選択肢の中から選択を行う場合には、自らの価値判断基準すなわち選択基準を考えて、一つの選択肢(あるいは複数の選択肢それぞれに重み付けをして得られる混合選択肢)を選んでください。自らの選択には自分なりの選択基準があるのです。その選択基準も、一つの選択基準だけではなく、複数の選択基準それぞれに重み付けをして得られる混合選択基準かもしれません。そして、時間とともに皆さんの選択基準自体も変容しますが、自分が夢見ている未来の社会を考え、自分のいまの選択基準に基づいて、いまの社会を「より良い社会」にするために行う自らの選択を大切にしてほしいと思います。

(注)本エッセイは、横山彰「公共選択の基礎となる『自らの選択』を大切に」『草のみどり』(第301号、35頁、中央大学父母連絡会、2017年5月)に基づき加筆修正した。

(執筆:横山彰)

英語版

日々是総合政策No.100

日々是総合政策100回を記念して

 多くの方々のご支援により、今回で「日々是総合政策」も100回目を迎えることができました。ご執筆くださったフォーラム・メンバーと読者の皆様に、心よりお礼を申し上げます。
 このフォーラムの目的はWEBサイトに記載の通りですが、代表理事として期待していた副次効果の一つに、各メンバーに次世代の社会を担う中高生はじめ若い人々へ自分の伝えたいメッセージを発信していただくことがありました。
 このために、「日々是総合政策」では、総合政策の基本的な考え方や日々の暮らしの中で考えたことや各々の研究成果などを、メンバーに中高生にも分かるような形でエッセイを執筆していただいています。できるだけ中高生にも分かるように書くことは、執筆者自身が政策や日々の暮らしについて何をどのような言葉で伝えれば次世代に自分の考えを分かってもらえるのか、を考えるきっかけになります。
 また、「子の恩」といった効果もあるかもしれません。親(大人世代)は、子(子ども世代)がいて初めて親としての自覚をもち、子が正しいと考えることに反する行動を取りにくくなります。一人の時には横断歩道を渡らない大人でも、子どもと一緒の時には子どもを意識して横断歩道を渡るようになったり、子どもが節水や節電など環境配慮行動をしている姿をみた大人は自分もそうした行動を取るようになったりします。そこで、日々是総合政策のエッセイは、中高生にも分かるように執筆していただいています。
 私としては、執筆者の皆さんが日々是総合政策に掲載されたエッセイを英文にすることにより、日本社会だけなく地球規模でも次世代を担う中高生はじめ若い人々に、各々のメッセージを伝えていただきたいと考えています。
 さらに、これまでのエッセイをお読みくださった方々へのお願いですが、身近の若い人々にも読んで欲しいとお考えのエッセイがありましたら、是非とも一読するようにお勧めください。そうしたことを通して、読者の方々に結節点としての役割を果たしていただければ、この日々是総合政策の存在価値をさらに高めることができると思います。
 今後とも、「日々是総合政策」へのご支援を宜しくお願いいたします。

(執筆:横山彰)

日々是総合政策No.88

代議制民主主義:投票と棄権

 代議制民主主義の基礎は選挙における有権者の投票にありますが、すべての有権者が投票するわけではありません。選挙で投票せず棄権する有権者もいます。そもそも、有権者はなぜ投票するのでしょうか。
 有権者は、自分が棄権せず投票することから得られる期待便益が正であれば投票すると考えられます。これは、合理的投票者の仮説で、次のような式で表されます。
         pB – C + D > 0
 ここで、p は自分の投票が自分の望む選挙結果になるかどうかを左右することになると思える主観的確率、Bは自分が望んだ選挙結果になったときに得られる便益、Cは投票費用、Dは投票行為それ自体から得られる便益を示しています。
 不等式の左辺の第1項(pB)は、選挙結果に影響を及ぼす手段としての投票がもたらす便益で、投票の「手段としての便益」といわれます。これに対し、左辺の第3項(D)は、選挙結果に関係なく、選好する候補者や政党への支持表明をする満足や、市民としての義務の履行や民主主義システムの維持への貢献から得られる満足から生ずる主観的便益で、投票の「表現としての便益」といわれています。また、投票費用(C)は、投票に行くために犠牲にしなければならない費用で、投票に行くための交通費だけではなく、投票に行くために仕事や音楽鑑賞やスポーツなどで得られたであろう便益を犠牲にすることによる機会費用を含みます。
 有権者にとっては、自分の1票が選挙結果を左右して1票を投ずることで自分の望む選挙結果になるような状況は皆無だったり(p≈0)、どの候補者や政党でもほとんど違いがなかったり(B≈0)するので、「手段としての投票便益」は皆無になるのが普通です(pB≈0)。そこで、有権者は、投票行為それ自体から得られる便益が投票費用を上回る(D>C)ならば投票しますが、逆ならば棄権します。ここに棄権の原因があるのですが、棄権することは良くないことですか。考えてみてください。
 もし棄権が良くないことだとしたら、皆さんは、どうすれば棄権を減らすことができると思いますか。例えば、インターネット投票の導入や、棄権した人にペナルティーを科すことはどうでしょうか。あるいは、選挙の大切さを訴える社会教育を行うことはどうでしょうか。考えてみてください。

(執筆:横山彰)

日々是総合政策No.72

代議制民主主義:半代表と純粋代表

 「1人1票と1円1票」(No.7)でお話しした多数決ルールは、暗黙のうちに直接民主主義を前提にしていました。今回は代議制民主主義について、考えてみましょう(注)。
 代議制民主主義は、国民や住民の選挙によって選ばれた議員が、議会で国民や住民を代表して集合的意思決定を行う制度です。代議制民主主義は、今日の国家や地方公共団体のような大規模な社会では有権者が多過ぎて、すべての有権者が直接に参加して集合的意思決定を行うことが困難のため、直接民主主義の擬制として採用されてきた制度といえます。しかし、まったく異なる代議制概念もあるのです。これは、直接民主主義の擬制としてではなく、直接民主主義が持つ弊害すなわち大衆迎合的な衆愚政治といわれる弊害を克服するために、選ばれた立派な人物すなわち選良が一般国民に代わり集合的意思決定を行う制度として理解されるものです。
 この2つの代議制概念の相違は、有権者と議員の関係の違いにあります。直接民主主義の擬制としての代議制では、議員は有権者の代理人に過ぎず、有権者の意思を政治に反映させることが求められています。この代表は、「半代表」ともいわれます。これに対し、選良が一般国民に代わり集合的意思決定を行う制度としての代議制では、議員が有権者から白紙委任を受けており、選任された後は、有権者とは独立に自らの判断で政治決定を行うことが期待されています。この考え方による代表は、「純粋代表」といわれ「半代表」に対比されています。半代表は人民代表、純粋代表は国民代表といわれることもあります。
 この異なる意味の代表を選ぶ選挙制度は、その理念の違いから、望ましい制度のあり方も違ってきます。半代表(人民代表)を選ぶ選挙制度としては比例代表制が、純粋代表(国民代表)を選ぶ選挙制度としては小選挙区制が良いとされています。現実の代議制民主主義は、半代表と純粋代表とを併せ持った制度になっています。次回は、代議制民主主義における投票と棄権について考えます。

(執筆:横山彰)

(注)今回の論述は、横山彰(1998)「代議制民主主義の経済理論」田中廣滋・御船洋・ 横山彰・飯島大邦『公共経済学』東洋経済新報社、196頁に基づいている。

日々是総合政策No.58

位置づけ・意味づけ・秩序づけ

 前回(No.45)述べたように、ある社会の政策決定は、時間を越えて、その社会の将来世代に色々な影響を及ぼします。例えば、1937年7月の盧溝橋事件に始まる日中戦争や1941年12月の真珠湾攻撃に始まる太平洋戦争(大東亜戦争)について、当時の日本政府が下した政策決定は、日中戦争や太平洋戦争に全く関与していない戦後生まれの日本国籍の人々にも負の遺産をもたらしています。
 これは、前回考察した地球温暖化対策が有する外部性と同じく、将来世代への政策の外部性の一事例で、「政策の通時的外部性」といえるものです。
 政策を総合的に研究するとき重要になるのは、時間軸と空間軸から構成される時空の中で、社会や文化や歴史や社会問題や政策や人間を、どのように位置づけ・意味づけ・秩序づけるかです。いまの日本で日本国籍をもつ一人の人間として、各日本人が日中戦争や太平洋戦争という歴史的事柄をどのように位置づけ・意味づけ・秩序づけるかで、いまの日本を「より良い社会」に変えようとする人間の営みも違ってきます。すべての日本人が、これらの戦争について十分な情報をもっているわけではありません。追加的な情報を獲得することの便益と費用を比較考量して費用の方が便益よりも大きければ、それ以上の情報を獲得せず情報欠如になります。この状態は、政治過程を経済学的に分析する公共選択論では「合理的無知(rational ignorance)」といわれています。
 合理的無知の状況にある人々に、日本国内外の歴史専門家や政府や学校やメディアなどが日中戦争や太平洋戦争の情報を提供しています。しかし、その情報は情報提供する主体の独自の窓から取捨選択された情報になります。そうした情報を基に、各人は日中戦争や太平洋戦争を位置づけ・意味づけ・秩序づけます。戦争だけでなく考察の対象にする事柄に関する、位置づけ・意味づけ・秩序づけとは、次の通り定義できます。
 位置づけとは、その事柄を類型化した範疇の中で特定化しその位置関係を同定することである。意味づけとは、その事柄に特定の視座から物語としての意味を与えることである。秩序づけとは、その事柄の位置づけと意味づけに基づき、その事柄について取り組むべき活動の優先順位を決めることである。

(執筆:横山彰)

(注)本随筆は、横山彰(2009)「総合政策の新たな地平」中央大学総合政策学部編『新たな「政策と文化の融合」:総合政策の挑戦』6頁(中央大学出版部)の一部について加筆修正を加えたものである。