日々是総合政策No.182

パンデミックと会計

 「パンデミック(世界的大流行(注1)」)という言葉が、耳に新しいものではなくなりました。日本で最初にウイルスのパンデミックに関するSFを書いたのは小松左京氏『復活の日』(1964年)だと言われています。1980年には映画化もされています。この小説や映画の中では確かに「パンデミック」が扱われていますが、その現象が「パンデミック」という言葉で大々的に説明されているわけではありません 。(注2)
 前回、「企業のリスクマネジメント」で書かせていただいたように、上場企業は、有価証券報告書のなかで、「事業等のリスク」について記述することになっており、2004年3月末に終了する事業年度から義務付けられています。ここに「パンデミック」という言葉が出てきたのは、2006年3月期の有価証券報告書が最初です。
 当初の「事業等のリスク」では、投資者の判断に影響を与える可能性がある項目として感染症の「パンデミック」が挙げられている程度でした。しかし、2020年3月期の多くの企業の有価証券報告書では、パンデミックが発生した場合に起こりうることが事細かに想定されています。たとえば、消費市場が停滞して売上が減少する可能性、インバウンド需要が減少する可能性、物流停滞の可能性、国内小売店舗の閉鎖の可能性、従業員や顧客がり患した場合の販売活動の停滞の可能性、などなど。私たちはパンデミックを経験することで、どのような直接的・間接的ダメージがあるのかを身近なこととして具体的に想定できるスペックを手に入れました。それをどう生かしていけるのか、解決していけるのかが今後の課題です。
 アカウンタビリティ(Accountability)という言葉は、説明責任という意味で用いられますが、もとは会計(Accounting)から派生した用語です。企業会計は、利害関係者に対し、今回の新型コロナ感染症によって受けたダメージ、今後備えていく対策と方針について説明していく責任があります。

(注1)最近は、「感染爆発」という訳が多見されます。
(注2)『復活の日』(1964年)の中では、「世界的大流行」(ルビでパンデミー)という言葉が2回出て来るのみです。

(執筆:渡部美紀子)

日々是総合政策No.179

企業のリスクマネジメント

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって、全世界は大変なダメージを受けています。このような現況を昨年度中に想像できた人はどのくらいいるでしょうか?
上場企業は、有価証券報告書のなかで、「事業等のリスク」について記述する義務があります。市場のリスクや信用上のリスク、経営管理上のリスクやその他企業を取り巻くリスクなど、想定しうるあらゆるリスクについて記載しなければなりません。
 2018年4月から2019年3月の間に決算を迎えた日本の上場企業の有価証券報告書の中で、「パンデミック」、「感染症」、「伝染病」、「新型インフルエンザ」をリスクとして記載した企業は、727社(eolにより筆者検索)であり、20%程度にとどまります。21世紀に入ってからだけでも、SARS(2003年)、新型インフルエンザA型(H1N1、2009年)、MERS(2012年)、エボラ出血熱(2014年)など、パンデミックと呼ばれる伝染病の感染爆発が世界的に発生しました。しかし、自社のリスクとしてこれを認識していた日本の上場企業は、2019年3月までの1年間では5分の1しかなかったことになります。この数値が2019年4月1日から2020年3月までの1年間では、80%以上に跳ね上がります。さらにリスク項目としては記載していないまでも、有価証券報告書のどこかにこれらの用語の記載のない企業はありませんでした。どの企業も何らかの影響を受けていることになります。各企業がどのようにこの危機に対処したかは、今後の有価証券報告書の記載から明らかになるでしょう。
 近年のリスクは、「事業戦略およびビジネス目標の達成に影響を与える不確実性(注1)」と定義されています。リスクマネジメントとは、想定されるリスクを事前に管理し、リスクの発生による損失をできるだけ回避することです。そのためには、まず、リスクを発見し、認識しなければなりません。今回のコロナ禍の経験を、何らかの発展に繋げ、社会をよりよくしていく経験値としていくために、企業、そして私たち個々人がしていくべきリスクマネジメントについて考え続けていく必要があります。

(執筆:渡部美紀子)

注1 米国COSO(The Committee of Sponsoring Organization of the Treadway Commission: トレッドウェイ委員会支援組織委員会)からERM(Enterprise Risk Management)フレームワークの改訂版が公表(2017.9.6)されており、その中で明示されている。

日々是総合政策No.102

うそと真実

 あなたは「うそ」をついたことがありますか?
 小さい頃、外から帰って手を洗ってからおやつを食べるように言われて、洗ってないのに「洗ったよ。」と言ったことはないでしょうか?宿題をしていないのに、終わったことにして遊びに行ったことはないでしょうか?大体の人は何かしら「うそ」をついたことがあるのではないかと思います。
 では、なぜ人は「うそ」をつくのでしょうか?小さい頃の自分を守るうそとは違い、大人になるにつれ、うそに対する意識は変わってくるようです。学生に聞いたところ、うそをついてはいけないという意識はあるものの、「他人を傷つけない」ためにつくうそは、あったほうが良いと思っている人がほとんどでした。
 では、企業についてはどうでしょう?企業は、利害関係者を傷つけたくないという理由で、うそをつくことは認められるでしょうか?
 証券取引所に上場している法人は、企業の決算書である有価証券報告書に「うそ」の記載をすると、金融商品取引法上の有価証券報告書虚偽記載罪で、7億円以下の罰金が課されます。上場していてもいなくても、「うそ」をついた株式会社の取締役等は、会社法の特別背任罪に問われます。
 企業会計原則一般原則の最初に「真実性の原則」があります。「企業会計は、企業の財政状態及び経営成績に関して、真実な報告を提供するものでなければならない。」と書かれています。この企業会計原則とは、「必ずしも法令によって強制されないでも、すべての企業がその会計を処理するに当って従わなければならない基準」であるとその前文に謳われているのですが、企業のうそ、すなわち粉飾決算(window dressing)は枚挙に暇がありません。粉飾決算については、次回また考えてみたいと思います。

(執筆 渡部美紀子)

日々是総合政策No.46

何のために働くか?

 人は、何のために仕事をするのでしょうか?もうすぐ卒業を迎える学生に質問すると、食べていくため(生活費を稼ぐため)、趣味に使うお金を稼ぐため、親から経済的に独立するため、周りの人も皆卒業すると働くから、などの答えが返ってきます。
 マサチューセッツ工科大学のエドガー・シャインは、経営大学院の修士課程の2年生にアンケートをし、卒業後にもフォローアップインタビューをしたデータから、個人がキャリアを選択するときの軸となる価値観や欲求を8つに分類し、キャリア・アンカー(アンカーは錨)と名付けました。アンカーとは、人は自分に適していない仕事に就いたときに何かに引き戻されるイメージを持つ、という例えで、専門・職能別能力、経営管理能力、自立・独立、保障・安定、起業家的創造性、奉仕・社会貢献、純粋な挑戦、生活様式の分類の中に、誰もがどうしてもあきらめたくない領域を持っている、という考え方です。何が自分の重要なアンカーであるかを知ることができれば、自分らしい職業選択をできることになります。
 学校を卒業して勤め人として給料をもらうと、そこから所得税や住民税などの税金を納めるようになります。企業も個人と同じように企業所得から税金を納めています。しかしながら、毎年のように決算数値をごまかす粉飾や脱税のニュースを耳にします。
 ではなぜ、粉飾や脱税は起こるのでしょうか?税金は、ごまかせるなら払いたくないお金なのでしょうか?
 私たちは、税金を財源として公共サービスを受けています。納税は憲法上の3大義務の一つです。教育と勤労は権利とも書かれていますが、納税だけは権利と書かれていません。所得に見合った納税をするのはもちろんですが、平均額より多くの納税が出来たら、それは誇りと考えてもよいかもしれません。だからこそ、税金の使途にも注意を払っていく必要があります。公共サービスをたくさん受けられる方がいいか(大きな政府)、最低限で良いか(小さな政府)という視点も重要です。働くということは、自己実現と社会構成員としての責任を果たす両面を持っています。
 さて、みなさんは、何のために働きますか?

参考:エドガーH.シャイン著、金井壽宏訳『キャリア・アンカー―自分の本当の価値を発見しよう―』白桃書房、2003

(執筆:渡部美紀子)