日々是総合政策No.167

スウェーデンのコロナ禍対策(5)

 前回N0.156ではスウェーデンでのコロナ禍による死亡者について、外国人への波及可能性を指摘しました。外国人の感染者と死亡者に関するデータが見つかりましたので、今回はそれを紹介します。
 下の表は、2020年3月13日から5月7日までの感染者数(20804人)・死亡者数(3312人)のシェアを誕生国別に示しています。陽性者数と死亡者数をそれぞれ100とすると外国生れの割合が、32.1%、22.2%と人口のシェア19.6%を上回っています。

誕生国によるシェアの比較(%) 
(出所)注1,p.7の表1,p.13の表4より算出

 図1は人口10万人あたりの感染者数を、多い誕生国順に5カ国を選びスウェ-デン生れと比較したものです。最多のトルコが753人、スウェーデンは183人です。感染者の年齢の中央値は、トルコ61才、エチオピア49才、ソマリア49才、チリ57才、イラク51才、スウェーデン63才です。

図1.10万人あたり感染者数(人)
(出所)注1,p.7,表1より作成。

 図2は人口10万人あたり死亡者数を示します。ここでも多い誕生国順の5カ国とスウェーデンの比較です。最多のフィンランドが145人、スウェーデンは32人です。なお、注1,p7によれば、誕生国がフィンランドである在住者は約14.4万人で外国生れ全体の7.1%である。
 死亡者の年齢の中央値は、フィンランド82才、トルコ81才、ソマリア68才、チリ79才、イラク79才、スウェーデン85才です。

図2.10万人あたり死亡者数(人)
*死亡者が11名以下の生誕国は注1に含まれていない。
(出所)注1,p.13,表4より作成。

 さて、図のソマリア生れの在住者の67%とイラク生れの30%は、スウェーデン在住期間が10年未満で難民の多いグループ1に属し、チリ生れの91%とイラク生れの70%及びソマリア生れの33%は在住期間が10年を超えます(注2,pp.99-100より算出)。フィンランドやトルコの欧州生れは高齢者が多く、在住期間が比較的短いグループです(注2,p.5より)。
 注2,p.44によれば、グループ1の可処分所得は他の外国人グループやスウェーデン生れより低額です
 しかし、スウェーデンの医療はランスティング(都道府県に該当)、介護はコミューン(市町村に該当)が担当し、その財源は主に各地方の勤労所得税です。つまり公費(税)方式です。民間保険や社会保険の未加入により医療へのアクセス自体が制限されることはありません。
 むしろ、図1と図2の原因を探るには、グループ1の住宅が狭いこと(注2,p.58)、外国生れの方がスウェーデン生れより単身者世帯が少ないことなど(注2,p.12)、まず外国生れの状態を幅広く捉えることが必要でしょう。

(注)
1.スウェーデン公衆衛生庁URL
https://www.folkhalsomyndigheten.se/contentassets/d6538f6c359e448ba39993a41e1116e7/covid-19-demografisk-beskrivning-bekraftade-covid-19-fall.pdf
2.スウェーデン中央統計局URL
https://www.scb.se/contentassets/6834eab09f2c4758bb3fd9c015e765a8/le0105_2019a01_br_be57br1901.pdf
いずれも最終アクセス 2020年8月3日。

(執筆:馬場 義久)

日々是総合政策No.156

スウェーデンのコロナ禍対策(4)

 今回はスウェーデンでのコロナ禍による死亡者について取り上げます。注1によれば7月1日時点で死亡者数は5333人であり、国際的にかなり高い値です。ちなみに人口10万人あたりの死者数は50.7人で、イギリスの64.7人、イタリアの57.4人より少ないですが,フランスの44.4人、アメリカの37.1人を上回ります(注2より)。
死亡者数の多さとともに、死亡者が大ストックフォルムに集中しているのが特徴です。大ストックフォルムとはストックフォルム県をさし、ストックフォルム市だけでなく周辺の都市圏を含み、日本でいえば東京都にあたります。その人口は2018年で約233万人です(注3より)。注1によれば大ストックフォルムでの死者数は2278人で全国の42.7%を占めます。
 No.153で紹介した注4の筆者は、大ストックフォルムが外国人の多い地域である点を危惧しています。死者に外国人が多く含まれている可能性があるからです。注5より算出すると、2019年に大ストックフォルムには、外国をバックグランドとする人-以下、外国人と記す-が約82万人います。この数はスウェーデンにいる全外国人の31.1%を占め、大ストックフォルムの人口233万人に対し35%を占めます。
 コロナ禍による死亡者を外国人とスウェーデン人とで区別したデータが見つかりませんので、代わりに以下の図を紹介します。

全死亡者のうち、外国生れの割合%
(出所)注6より。

 図の横軸は週単位で1月1日から6月21日までの期間を表します。縦軸は、死亡者(コロナ禍による死亡者だけでなくすべての死亡者)のうち外国生れの人の割合を示します。概ね下方に位置する折れ線は2015年から2019年の平均値で、上方に位置する折れ線が2020年の値です。とくに第12週、すなわち3月中旬から2020年の値が急上昇し、2019年までの値とのギャップが大きくなっています。一概に結論づけることはできませんが、コロナ禍の外国人への波及が予想されます。

(注)
1.スウェーデン公衆衛生庁URL
https://fohm.maps.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/68d4537bf2714e63b646c37f152f1392
2.ブルームバーグURL
https://www.bloomberg.com/news/articles/2020-06-28/sweden-s-covid-expert-says-the-world-still-doesn-t-understand
3.外務省URL
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/sweden/data.html
4.IMF URL
https://www.imf.org/en/News/Articles/2020/06/01/na060120-sweden-will-covid-19-economics-be-different?utm_medium=email&utm_source=govdelivery
5.スウェーデン中央統計局 URL
https://www.statistikdatabasen.scb.se/pxweb/sv/ssd/START__BE__BE0101__BE0101Q/UtlSvBakgGrov/
6.スウェーデン中央統計局 URL
https://www.scb.se/om-scb/nyheter-och-pressmeddelanden/folj-preliminar-statistik-om-dodsfall/

最終アクセスすべて 2020年7月1日。

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.153

スウェーデンのコロナ禍対策(3)

 No.142で紹介したように、スウェーデンはコロナ感染抑制策として、ロックダウンなどの厳しい規制措置はとっていません。国内の移動についても、基本的に国民の自律性に期待しています。今回は、このスウェーデンの「緩い規制」について検討したIMF(国際通貨基金)の記事の一部を紹介します。これはIMFの4人のスウェーデンチームが執筆したものです。

1.下の表は、規制策による職場への移動の減少率(%)を4国で比較したものです。2020年3月13日から4月12日までの変化率の平均です。表のスウェーデン2は「緩い規制」が導入された場合の予測値で、スウェーデン1が実際の値です。

(出所)注より作成。

 スウェーデンでの職場への移動は「緩い規制」により、予測値以上に減少しました。自律性が発揮されたのかも知れません。しかし、減少率は強い規制を採用した隣国3国には及びません。

2.次に経済面を取り上げます。注によると、2020年の第1四半期(1月から3月)の実質GDPの成長率を世界30カ国でみると、スウェーデンだけが約0.1%のプラスで、他の29カ国はすべてマイナスです。フィンランドが-1%、デンマークとノルウェーがともに-0.2%で、最も低下したのは中国で-10%です。注の筆者によれば、一般に国内の感染抑制政策は、国内需要とくにサービス部門への需要を削減するが、スウェーデンはサービス需要の落込みが他国より低く、輸出は逆に増加したということです。「緩い規制」が経済の落込みを抑えたかも知れません。
 他方、年間ベースでみるとスウェーデンも不況の到来を覚悟しなければなりません。とくに3月以降に始まった製造業―その多くは輸出企業―の落込みが問題です。これは外需の減少とサプライチェーンの崩壊によるもので、「緩い規制」の影響を受けないからです。注によると、2020年の実質GDPのスウェーデンの予想成長率について、IMFが-6.8%,スウェーデン財務省が基準ケースで-4%、悪いケースだと-10%、スウェーデン中央銀行が基準ケースで-7%、悪いケースで-9.8%と予想しています。
 注の筆者は、現在時点では、「緩い規制」がこの不況を長引かせるのか逆に回復に寄与するのか、言えないとしています。つまり、「緩い規制」の長所と言われる「経済への打撃抑制効果」も、より長期的な視点での検討が必要ということでしょう。

(注) IMF URL
https://www.imf.org/en/News/Articles/2020/06/01/na060120-sweden-will-covid-19-economics-be-different?utm_medium=email&utm_source=govdelivery
最終アクセス 2020年6月22日。

(執筆:馬場 義久)

日々是総合政策No.146

スウェーデンのコロナ禍対策(2)

 今回は大学生への支援策について紹介します。スウェーデンは今のところ、すべての学校で休校措置をとっていません。ただ大学は遠隔教育で対応しています。

1.大学等教育費の分担
 下の表は、大学や大学院などの教育費を100として、公共部門と家計がどれだけの割合で支出しているかを示します。スウェーデンは政府が84.7%支出し、家計の支出、つまり、学生やその保護者による支出は0.8%です。この0.8%はOECD35カ国中34位という低い値です。日本のそれは3位です。

表 大学等の教育費の分担割合% 2015年

 *公共や家計の他にNPOや寄付組織等の支出がある。
 **家計順位はOECD35カ国中の順位。
(出所)注1より抽出。

2.大学生支援策:奨学金のシーリング中止 
 以下、1スウェーデンクローナ=11円(注2より)として円単位で述べます。
 同国では、大学生や保護者の所得水準に関わりなく学費が無料です。国民の税負担により大学教育を支えています。いかなる時も学費未納による退学は生じません。危機に強いシステムです。
 では奨学金政策はどうでしょうか?全日制の大学生の場合、授業1週間あたり給付型奨学金が9058円、返済型が20812円、計29870円給付されます。
 奨学金制度には学生の所得シーリングがあります。保護者の所得は無関係です。半年間の所得が193万円を超えると奨学金は全く給付されません。このシーリングは、奨学金を得る週数-1週から半年で最大の20週-ごとに設定され、週数が多くなるほど低くなります。たとえば10週分だと162万円で、20週分では99万円です。つまり、学生の所得が99万円から162万円に増加すると、奨学金は20週分から10週分に半減します(以上の数値は注3より)。
 今回の支援策はこのシーリングを2020年に限り中止するものです。アルバイトをふやしても奨学金を減額しない措置です。背景に医療等での人手不足があるかもしれません。また、注3によれば今年失業し初めて大学で学ぼうとする人も、従前の所得水準にかかわらず奨学金を得られます。労働能力向上の後押しでしょう。政府はこの支援策を3月20日に発表しました(注4より)。その支出額は110億円です(注5より)。

1.OECD URL
https://data.oecd.org/eduresource/spending-on-tertiary-education.htm
2.オンライン通貨コンバータURL
https://ja.valutafx.com/SEK-JPY.htm
3.スウェーデン中央奨学金機構URL
https://www.csn.se/bidrag-och-lan/studiestod/studiemedel.html#h-Hurmycketpengarkanjagfaochlana
4.スウェーデン政府URL
https://www.government.se/articles/2020/03/the-governments-work-in-the-area-of-education-in-response-to-the-coronavirus/
5.スウェーデン政府URL
https://www.government.se/information-material/2020/04/from-the-spring-fiscal-policy-bill-2020-guidelines-for-economic-and-budget-policy/

以上、すべて最終アクセス 2020年5月10日。

(執筆:馬場 義久)

日々是総合政策No.142

スウェーデンのコロナ禍対策(1)

 今回はコロナ感染の現状と、政府の感染抑制策を紹介します。なお、同国の人口は約1000万人、その国土面積は日本の1.2倍です(注1より)。

1.感染の現状
 下の表は感染者数の多い30カ国から一部を抽出したものです。スウェーデンの感染者数総計は世界で21番目、感染者に占める死者の割合は12.1%と世界6番目です。スウェーデン公衆衛生局によると4月28日現在、総死者数の87%が70歳以上の方です。

(出所)日本経済新聞2020年4月28日付より算出。数字は、米ジョンズ・ホプキンス大学による。4月27日現在。

 ちなみにノルウェー公衆衛生研究所によれば、4月27日現在ノルウェーは感染者数7605人、うち死亡者数は195人です。この点もあってか、スウェーデンの代表的な新聞であるDAGENS NYHETER(=今日のニュース) で「なぜわが国の死者が隣の国々より多いのか、その原因を明らかにすべき」(注4より)との意見が出されています。

2.感染拡大抑制策
 スウェーデン政府による抑制策は、他の欧米諸国と異なり規制のきわめて少ないものです。法的に規制されるのは、50人を超えるイベント(コンサートなど)の禁止だけです。Stefan Löfvent首相は「政府と我々の医療システムはできることすべてを行っている。しかし、国民全員が責任を果たすことが重要」(注5より)と訴えています。そして、具体的には以下の行動をとれば責任を果たせるとしています(注6より)。
①軽い風邪であっても自宅で過ごし、職場に行かない。
②高齢の親族への訪問を避ける。
③何度もお湯と石鹸で手を20秒間洗う。
④屋内・屋外とも人との距離を保つ
⑤グランド・プール・ジムで人との距離を保つ。
⑥ラッシュアワーを避けて移動する。
⑦旅行は絶対必要な場合に限る。

3.「お願い」ではなく国民の責任を強調する点、いかにも自律の国らしい。なお、スウェーデンには「ノーマルな状態のもとで、ある特定の活動について責任を負う人々は、危機の状況下でも当該活動について責任を負うべし」(注5より)というThe responsibility principleがある。

注 
以下、すべて最終アクセス 2020年4月29日。
1.日本外務省URL
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/sweden/data.html
2.スウェーデン公衆衛生局URL
https://fohm.maps.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/68d4537bf2714e63b646c37f152f1392
3.ノルウェー公衆衛生研究所
https://www.fhi.no/en/id/infectious-diseases/coronavirus/daily-reports/daily-reports-COVID19/ 
4.DAGENS NYHETER URL
https://www.dn.se/debatt/fortsatt-fler-doda-i-sverige-an-i-vara-nordiska-grannlander/
5.スウェーデン政府URL
https://www.government.se/articles/2020/04/strategy-in-response-to-the-covid-19-pandemic/
6.スウェーデン政府緊急情報URL
https://www.krisinformation.se/en

 (執筆:馬場 義久)

日々是総合政策No.129

累進所得税と低所得者支援(3)

 前回No.120 では、勤労所得税額控除(EITC: Earning Income Tax Credit)による低所得者支援を取りあげました。今回は低所得者支援に所得税制が使用される背景について考えます。
 さて、低所得層には社会保障政策で対処し、高所得層には累進所得税による高率課税政策を行うという役割分担論があります。今日でもこの分担論は基本的に有意義と考えられますが、では、なぜ低所得者支援にEITCという租税政策が援用されるのでしょうか?
 その大きな理由の一つは、失業などで労働を止め社会保障を受益している人が、「労働に再び参加するコスト」(=以下、Participation Tax Rate=参加税率と記す)が高いことにあります。生活保護手当や失業手当など社会保障を受益している人が再び労働に参加すると、これらの手当が給付されなくなり、さらに所得税や社会保険料などの負担が生じます。
 いま、簡単なかたちで
 参加税率=(勤労復帰による社会保障給付の減少+所得税・社会保険料負担等の増加)÷勤労所得、
 と定義します。

参加税率の国際比較(% 2018年)

(出所)https://stats.oecd.org/viewhtml.aspx?datasetcode=PTR&lang=en 
より作成(最終アクセス2020/2/25)。

 上の表は、子供二人の両親のうち、一人が労働ゼロ、そのパートナーはフルタイムの勤労者で平均賃金の67%を得ており、労働ゼロの親は最低所得保障(生活保護タイプ)を給付されているとし、仮に労働ゼロの親が平均賃金の67%を得る場合の参加税率を示します。
 最低所得保障政策は多くの場合、勤労所得の増加に伴い給付を減額するシステム=差額主義を採用しています。つまり、労働参加すると労働による成果が「給付の減少」という形で取られてしまいます。そこで、経済的自立=労働参加を促す政策として、労働の成果自体を補助するEITCが登場したわけです。
 なお、参加税率を高める要因として、勤労所得税や社会保険料という公的負担も重要です。日本の参加税率の高い原因として社会保険料負担が注目されています。

(執筆 馬場 義久)

日々是総合政策No.120

累進所得税と低所得者支援(2)

 前回No.109では低所得者支援には所得控除より税額控除の方が適していると述べました。今回は税額控除のうち、勤労所得税額控除(EITC:Earning Income Tax Credit)の狙いについて解説します。EITCは、勤労を条件として勤労所得の低い個人あるいは家計を支援する税制です。
 いま、Aさんは生活保護手当Gを受給し労働時間L=0とします。その効用Uを,
 U=U(G,0)
 と表します。次に、Aさんが働いて生活保護制度から出る場合の効用ULを、
 UL=U{Y(1-t)-α, L}
 とします。Yは勤労所得、t(0<t<1)は勤労所得税の平均税率を指します。αは社会保険料や医療費の自己負担などを指します。当面、α=0としましょう。
 どちらの効用もそれを決める第1要素は可処分所得で、これが増加すると効用は増えます。第2要素はLで、これが増加すると余暇時間が減少するため効用は減ります。
 さて、EITCの狙いの一つは、Aさんが勤労して経済的に自立するよう促すことです。それには、UL>U となる必要があります。Lに関するかぎりU>ULなので、第1要素についてY(1-t)>Gが成立しなければなりません。そこでEITCはtを引下げて可処分所得を増やし、労働参加へのインセンティヴを与えます。たとえば、低勤労所得者に限り
 EITC=sY   
 と設定します。ここでsは0<s<1 で税額控除率です。このときT=tY-sY となり、平均税率がt-sに下がり、Y-T=(1-t+s)Yと可処分所得が増加します。
しかもEITC導入国の多くは、tがゼロとなるような低勤労所得者をEITCの中心対象としています。実際にはαが多額だからです。彼らにとってはT=-sYとなるので、政府は勤労所得に課税せず補助金のみを給付するわけです。
 EITCは通常低勤労所得のみに適用されるので、所得再分配機能を果たします。重要なことは、その再分配と労働参加率の拡大を両立させようとしている点です。なお、再分配機能について特に重視されているのは、子供のいる家計への支援です。米国や英国のEITCは子供の数の多い家計ほど給付額が多額になるようデザインされています。

(執筆 馬場 義久)

日々是総合政策No.109

累進所得税と低所得者支援(1)

 これから累進所得税による低所得者支援策を取りあげます。その準備として
 今回は所得控除について説明します。所得控除は納税者やその家族の経済事情等を考慮して所得税を軽減する制度で、扶養控除や配偶者控除などがあります。いま、Aさんの所得を500万円、所得控除を100万円とすると、その課税所得は500-100=400万円です。この400万円に税率を乗じて所得税額が決まります。以下、本コラムNo.85で説明した超過累進税率タイプの累進所得税を前提にします。
 下の表は、日本の所得税における課税所得と税率の関係を示します。課税所得が多いほど高税率になることに留意しましょう。このとき、Aさんの税額Tは以下のように計算されます。
 T=0.05×195+0.1×(330-195)+0.2×(400-330)  (1)
  =37.25万円

(出所)国税庁ホームページ「所得税の税率」に基き、一部表示法を修正。

 課税所得の最初の195万円に0.05を、次に196万円から330万円までの135万円に0.1を、最後に331万円から400万円までの70万円に0.2を適用します。つまり、課税所得の段階ごとの限界税率を適用するわけです。
 式(1)の下線部に注目しましょう。
 0.2×(400-330)=0.2×{(500-100)-330}なので、
 100万円の所得控除による減税額=0.2×100=20万円となります。つまり、Aさんの減税額は、0.05、0.1、0.2の中で一番高い0.2、すなわち、Aさんにとっての最高限界税率0.2に100万円を乗じた額です。したがって、たとえば課税所得が5000万円の人の減税額は、上の表から0.45×100=45万円です。結局、所得控除による減税額は限界税率の高い高所得者ほど多額になります。
 これに対して、税額控除は税率の影響を受けません。税額控除を10万円とすれば、適用者全員について10万円減税できます。累進所得税による低所得者支援には、所得控除よりも税額控除が適しているでしょう。

(執筆 馬場 義久) 

(注)本エッセイは馬場義久・横山彰・堀場勇夫・牛丸聡著『日本の財政を考える』、有斐閣、141-142頁をより平易に解説したものである。

日々是総合政策No.99

累進性・逆進性と税収の安定性

 累進所得税は所得Yに占める税Tの割合、すなわち、平均税率T/YがYの高いほど上昇する税でした。このことは、累進所得税においては、
 ΔT/ΔY >T/Y (1)
の成立を意味します。左辺はYが1円変化した時にTがどれだけ変化するかを示し、限界(所得)税率と呼びます。累進所得税では限界税率>平均税率となります。その理由は、一般に平均が増加するためには限界が平均を上回る必要があるからです。たとえば4科目受験した時点での平均得点を80点とします。もう1科目受験した後、すなわち5科目を受験した時点での平均得点が80点を超えるためには、5番目の科目の得点(限界)が80点(平均)を超えなければなりません。
 さて(1)から、
 ΔT/T >ΔY/Y (2)
が成立します。なお、ΔTとΔYがマイナスだと(2)は変化率の絶対値の大小を表します。
いま、Yを一国の国内所得、Tを一国の累進所得税収と定義しなおすと、(2)は所得税収の変化率>国内所得の変化率を示します。経済成長やインフレによりYが増加するとそれだけでも税収が増加するのに、平均税率も上昇するのでTの増加率>Yの増加率となります。逆にデフレや不況のためYが減少すると、Yの減少に平均税率の低下が加わりTの減少率>Yの減少率となります。つまり累進所得税は安定的な税収確保が苦手なのです。
 では、所得に対して逆進的な消費税はどうか?逆進的だとT/YがYの増加とともに低下するので、(1)の不等号が逆になり(2)も
 ΔT/T <ΔY/Y (3)
と変り、不況期の消費税収の減少率<Yの減少率となります。消費税が逆進的になるのは、所得の高低にかかわらず必要な基礎消費があるからです。よって、Yが減少する不況期でも、Yに依存する消費に対する税だけが減少するため(3)が成立します。基礎消費への税が税収確保に貢献するのです。理論的には消費税は不況に強い税です。消費税のこの長所は福祉国家にとって重要です。社会保障は不況を理由に大幅には減額できないからです。

(執筆:馬場 義久)

日々是総合政策No.85

累進所得税のタイプ(2)

 前回No.71では限界税率一定の累進所得税制を紹介しました。それは
 T= t(Y-E) (1) でした。
 Tは税額、Yは所得,tは税率, Eは控除です。tとEは一定です。日本の地方所得税ではt=0.1です。
 累進所得税制の第二のタイプは、tが一定ではなく、課税所得、つまりY-Eが大きくなるほど高いtを採用します。日本の所得税(国税)の場合、下の表のように課税所得の段階を7グループに分け、tは0.05から0.45の値をとります。このようなtを超過累進税率と言います。

(出所)国税庁ホームページ「所得税の税率」に基き、一部表示法を修正。

 限界税率一定型と超過累進税率型を比べると、後者の方が本格的な累進所得税制と言えます。限界税率一定型はtが一定のため、再分配機能に関して二つの限界を持っています。
 一つは、所得Yが高くなるほど比例的負担に近づくことです。(1)は
 T/Y=t(1-E/Y)  となるので、
 Yが高くなるほどE/Yが低下し、T/Y=t、つまり、高い所得の領域で比例所得税に接近します。
 第二は、低所得層に対して高所得層より低いtを適用できないことです。
 興味深いのは日本でもスウェーデンでも、地方政府が限界税率一定型を、国が超過累進税率型を採用している点です。その理由の一つは、所得再分配は地方ではなく国が担うべきという伝統的な国と地方の機能配分論に求められます。
 いま、地方政府が所得税の税率構造を自主的に決定できるとします。そこで地方Aが独自に累進所得税制を採用すると、地方Aの高所得層は高率の税負担を逃れるため累進税制でない地方Bへ移動し、逆にB地方の低所得層は低率の税負担を求めAに流入しかねません。以上の住民移動が生じると、A地方の累進税制は有名無実となります。他方、国が累進所得税を採用しても、同一国内における地域間の住民移動は生じません。租税政策は、税制による納税者の移動可能性を考慮して立案されるべきでしょう。

(執筆:馬場 義久)