日々是総合政策No.260

自然災害とその復興課題について(5)

 災害復興の人手不足を解消するという意味では、技術職員を様々な委託で補充することも考えられます。水道事業は広域連携を通じて危機管理や防災を行ったとしても、技術者が足りないケースもあります。特に、過疎地域では熟練技術者が不足していることから、破損した管路の復旧が遅れるケースも目立ちます。今後は熟練の技術をいかに継承するかが、水道事業の災害対策における課題とも言えます。
 令和元年度の『水道統計』に基づくと、全国1421の水道事業体全体で第三者委託、あるいはそれ以外の委託等を通じて、技術者の増員を図っている水道事業体は207団体、14.57%程度です。第三者委託が充分に普及していないのが現状であり、被災時における早期復旧のためにも公的部門から民間部門への熟練技術の継承を行うことが必要です。
 水道事業の民営化、あるいは業務の民間委託は企業が採算を重視する以上、過疎地域の切り捨てに繋がることが懸念されてきました。人口減少社会に直面する経営は公的部門、民間部門に関係なく、同じ課題を抱えています。したがって、民間委託は単なる経営の効率化や競争原理に基づく成長促進戦略だけでなく、災害復興のための人手不足を解消するための手段として見直されるべきです。
 広域化や民間委託を伴う災害のリスクプールも重要ですが、最終的には被災団体への補償やそれに伴う財源確保も政府は考える必要があります。偶発的、あるいは人為的に関係なく、災害に伴う公的支援としての補助金給付は公共施設の原形復旧が原則であるものの、形状、寸法、材質を変えて従前機能の復旧を図ることや効用の増大も図ることも可能となっています(注1)。再度の災害に耐え得るインフラ整備の実現が可能となりますが、どの程度まで機能の復旧や効用増大を認めるかは難しい判断と言えるでしょう。
 コロナ禍で財政が厳しい状況を踏まえても、国家の補助金給付は慎重にならざるを得ません。過疎地の道路建設を中心としたバブル期の過剰投資が問題となる一方で、各自治体は様々な公共施設を建設改良するための基金も積み立てなければならないのです。

(注1)国土交通省「災害査定の基本原則─災害復旧制度・注意点と最近の話題─」3頁、
https://www.zenkokubousai.or.jp/download/reiwa_nittei07.pdf(最終アクセス2022年3月30日)を参照した。

(執筆:田代昌孝)

日々是総合政策No.258

自然災害とその復興課題について(4)

 日本の災害復旧で重要な役割を担うのは地方自治体です。各地方自治体は独自の「地域防災計画」を作成しながら、自助・共助・公助に基づく防災や危機管理を試みています。新型コロナの感染拡大に伴い、国も様々な支援を施した結果、財政は非常に厳しい状況です。各地方自治体は独自の防災や危機管理による自助、さらには、発災時における機動力確保のための連携協定の締結による共助を中心に災害対策を行います。そのうえで、被災時には公的支援による公助により早期の災害復旧を試みることになります。
 水道事業でも日本水道協会の指導に基づき、様々な地域で幾つかの水道事業体が合同で防災訓練の実施を行うケースがあります。これまでの広域化と言えば、規模の経済や範囲の経済が具体的な例として挙げられるように、歳出の効率化を目指すための手段として考えられてきました。
 しかし、より最近では偶発的な災害に備えたリスクプールとして、広域化が注目されるようになっています。今後は各事業体、あるいは自治体間でのインフラの整備状況に関する情報共有が重要です。さらに、老朽化した施設の更新投資は減価償却費を増加させ、水道財政を圧迫します。老朽化した施設の把握、たとえば水道管路等の布設状況を各水道事業体は正確に把握しなければなりません。インフラの更新投資が滞る過疎地域を中心に、全国レベルでの様々な公共施設の管理や運営が喫緊の課題と言えるでしょう。
 都市部ではテロ対策等も含めて、新たな危機管理が求められるようになってきています。住宅密集地では大規模災害が予測されるだけに、各事業体や自治体は協調を通じて危機管理を行うと同時に、防災に必要な住民への注意喚起や呼びかけが重要となっております。
 水サービス供給の危機管理や防災を広域的に実施するために、各事業体は様々な協定を締結します。各事業体は県内や県外の他事業体だけでなく、応急復旧業者や外郭団体・OBとも協定を締結しているものもあります。しかし、日本水道協会編『水道統計(令和元年度)』に基づけば、全国1412水道事業体のうち293団体、約20.75%は協定を締結出来ていないままとなっています。発災時における人手不足を解消するためにも、円滑な協定の締結が今後の課題となるでしょう。

(執筆:田代昌孝)

日々是総合政策No.208

自然災害とその復興課題について(3)

 今回の新型コロナの感染も広い概念で捉えれば、自然災害であると言えるでしょう。ところが、災害対策基本法では建物破壊を想定して、災害を定義しているように思えます。災害対策基本法第2条第1項で定めている災害の定義には、大規模な火事若しくは爆発も含まれますが、これは人為的なものも含まれていると考えられます。たとえば、総務省消防庁の「災害情報一覧」によれば、令和元年7月18日に発生した京都市伏見区の大規模火災も「災害」の一部に含んでいます(注1)。
 コロナ感染拡大に伴う様々な身体的、あるいは経済的被害は、災害対策基本法第2条第1項にある「その他その及ぼす被害の程度において、これらに類する政令で定める原因により生ずる被害」に含まれるかどうかであり、非常に曖昧なところです。日本の大規模自然災害の代表例と言えば、平成23年3月11日に発生した東日本大震災です。被災の財政金融措置は感染症予防施設に対しても、公共施設と同じように手厚い国庫補助(1/3から1/2)が与えられました(注2)。しかし、感染症予防施設に対する財政金融措置でさえも建物破壊を前提にしています。
 日本で身体的な面を考慮して、感染症対策を行っているのは水道事業です。水道事業は厚生労働省「危機管理対策マニュアル策定指針(共通編)」に基づき、①地震②風水害③水質汚染事故④施設事故・停電⑤管路事故・給水装置凍結⑥テロ⑦渇水⑧水道事業者等における新型インフルエンザに備えた災害対策を行っております(注3)。新型インフルエンザに備えた災害対策は新型コロナ感染症対策の役割も担います。今後は建物破壊を前提にしない自然災害に対する補助金をいかに給付するかが重要となるでしょう。

(注1)総務省消防庁「京都府京都市伏見区で発生した爆発火災(第13報)」、
https://www.fdma.go.jp/disaster/info/items/1912231340.pdf(最終アクセス2021年2月3日)を参照した。
(注2)池田達雄・大井潤・村岡嗣政・近藤貴幸・原 昌史・藤田康幸・菊池健太郎[2011]「東日本大震災に係る地方財政への対応について─発災から平成23年度補正予算(第1号)に伴う対応まで─」『地方財政』第50巻第6号、28頁。
(注3)厚生労働省「危機管理対策マニュアル策定指針(共通編)」Ⅰ╴2からⅠ╴3頁、
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000656405.pdf(最終アクセス2021年2月3日)を参照した。

(執筆:田代昌孝)

日々是総合政策No.196

自然災害とその復興課題について(2)

 日本の水道インフラは老朽化しており、とても脆弱です。厚生労働省による「新水道ビジョン推進のための地域懇談会(第10回)」でも全ての管路を更新するのに約130年かかると言う見解を示しています(注1)。人口減少化社会と節水器の普及で料金収入に基づくハードな更新事業が難しくなってきました。発災時には、多くの水道事業体が他の水道事業体や外郭団体・OBと協定を結ぶことでマンパワーを確保しながら、広域的な災害復旧を行っています。平常時の防災訓練や危機管理も含めて、大規模地震や台風の被害が最小限に抑えるような政策を試みています。
 もっとも、早期の災害復旧には様々な課題を抱えているのも事実です。派遣される応援部隊や資機材の搬入に時間を要するだけでなく、水道管路の布設状況が共有できていないこと、あるいは様々な連携不足から早期の災害復旧が滞るケースもあります。「災害時における受援体制に関するガイドライン(仮称)の素案について」では担当者の移動、連絡先の変更に対応できない等を理由に相互応援協定の締結だけでなく、共同訓練を通じた実効性の高い応援体制を確保するよう呼びかけています(注2)。
 また、災害後の早期復旧については具体的な応急復旧目標も設定しなければなりません。発災から何日後までに応急給水を達成させ、何週間後までに応急復旧が可能であるのかを想定しておくことも必要となります。水源の確保状況や給水手段により異なるものの、水道が唯一の給水手段である場合、水道事業の応急復旧目標は2週間から4週間が望ましいと言う見解を熊谷[2016]は示しています(注3)。ただ現実的には、日本水道協会編『水道統計(平成29年度)』に基づくと、多くの水道事業体が応急復旧目標を設定していません。人手不足を考慮しながら、水道事業体はいかに応急復旧目標を設定するのかも重要となるでしょう。

(注1)厚生労働省「新水道ビジョン推進のための地域懇談会(第10回)」、下記のURL(最終アクセス2020年9月23日)を参照。
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/topics/bukyoku/kenkou/suido/newvision/chiikikondan/10/suishin_kondan_10-1.pdf
(注2)「災害時における受援体制に関するガイドライン(仮称)の素案について」53頁、下記のURL(最終アクセス2020年9月23日)を参照。
http://www.bousai.go.jp/kaigirep/tiho_juen/dai4kai/pdf/shiryo02.pdf
(注3)熊谷和哉[2016]『水道事業の現在位置と将来』水道産業新聞社、221-223頁。

(執筆:田代昌孝)

日々是総合政策No.169

自然災害とその復興課題について(1)

 日本は自然災害の多い国です。「令和2年7月豪雨」では全国でも熊本県の浸水被害を中心に、人的被害101名だけでなく、14,836棟の住家被害が発生しました(注1)。政府は新型コロナ対策の経済的支援以外にも、「特定非常災害指定」のための財源捻出が必要となっています。
 災害対策基本法第2条第1項では災害の定義を「暴風、豪雨、豪雪、洪水、高潮、地震、津波、噴火、その他の異常な自然現象又は大規模な火事若しくは爆発、その他その及ぼす被害の程度において、これらに類する政令で定める原因により生ずる被害という」としています。災害対策基本法に認められる災害の定義が多岐に渡っており、災害復興補助金の適用範囲も広いと考えられます。
 政府は防災部門にも配慮して災害復旧に努めています。令和2年度災害予防予算案は1,124百万円であり、南海トラフ地震や首都直下型地震に備えた政策を講じるため、平成31年度以降の防災予算は高止まり傾向です(注2)。日本の災害対策は充分と言えるものの、今後は更なる補正予算を組むことも検討するようになるでしょう。
 実際の被災後は災害復興への応急対応のため、早急に被災状況の把握が必要となります。具体的には、①応急対応、②二次災害の拡大防止、③法制度の適用、④すまいと暮らしの再建等に関する調査を行います。行政と判定技術者を中心に、立ち入り禁止区域の認定や応急危険度の第1次、2次判定が実施されるのです。被害区分の査定が行われると、緊急の財政金融措置となる①緊急金融措置、②財政需要見込額の算定、③行政計画、④予算編成等も含めて、様々な施策を考えなければなりません(注3)。このように被災後は救済や復興計画の作成を中心に、膨大な作業に多くの人員を配置することとなります。日本はコロナ対策だけでなく、災害対策やその復興にも効率的な財源や人員を投入しなければなりません。早急な政府対応が求められるでしょう。

(執筆:田代昌孝)

(注1)内閣府「令和2年7月豪雨による被害状況等について」、下記のURL(最終アクセス2020年7月15日)を参照。
http://www.bousai.go.jp/updates/r2_07ooame/pdf/r20703_ooame_17.pdf
(注2)内閣府「防災情報のページ」、下記のURL(最終アクセス2020年7月15日)を参照。
http://www.bousai.go.jp/taisaku/yosan/index.html
(注3)内閣府「復旧・復興ハンドブック」、下記のURL(最終アクセス2020年8月6日)を参照。
http://www.bousai.go.jp/kaigirep/houkokusho/hukkousesaku/saigaitaiou/output_html_1/images/dept/cao_fukkou/handbook.pdf

日々是総合政策No.161

新型コロナと国の政策(5)

 ピケティは自身の著書『21世紀の資本』において興味深いことを書いております。その内容は、世界的に累進的な資本課税を行う、高所得者ほど多くの税金を納めるという政策です。ピケティは世界的な資本課税という形で、どの国でも高額所得者に対して重い税負担をさせれば、海外に金融資産は逃げなくなるということを提案しています(注1)。世界的に感染症が蔓延している状況では、国際的な協調により高所得高負担を求めると同時に、低所得者に対する医療サービスの充実が非常に重要であると言えます。
 日本でも収入が大幅に減少、あるいは低所得である家計や企業に対して、様々な経済的支援を行っています。結果として、緊急時に備えた財政調整基金を取り崩す自治体も増えてきました。42都道府県が新型コロナ対策の事業費に充てるため、2020年度補正予算で計1兆823億円の基金を取り崩すと言う調査結果もあります(注2)。東京都でも新型コロナ対策のため、財政調整基金の95%近くも取り崩しました(注3)。景気の悪化で大幅な増税が行えないことを踏まえると、都市部でも財源不足の問題は深刻となりそうです。病院施設の拡充や医療従事者に対する保障を行うべく、新たな財源の捻出が必要となってきました。
 森信[2020]は所得税の累進性や資産課税を強化するだけでなく、炭素税の増税やITデジタル企業への課税を提案しています(注4)。所得や資産格差の是正と同時に、環境対策や産業構造の変化も踏まえた租税政策を求める意見も増えてきました。今後は所得、消費、資産以外の新たな課税ベースを見つけ出さなければなりません。世界各国は国際協調を通じた公平性の確保、さらには歳入面での創意工夫が求められています。

(執筆:田代昌孝)

(注1)Piketty,T.[2013]Le capital in the Twenty-First Century(山形浩生・守岡 桜・森本正史訳[2014]『トマ・ピケティ21世紀の資本』みすず書房)を参照した。
(注2)「自治体基金の1兆円取り崩し、コロナ対策で42都道府県」、下記のURL(最終アクセス2020年7月12日)を参照。
https://www.sankeibiz.jp/macro/news/200706/mca2007060500005-n1.htm
(注3)「東京都「財政調整基金」95%近く取り崩し、下記のURL(最終アクセス2020年7月12日)を参照。
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/lastweek/37024.html
(注4)森信茂樹[2020]「ポストコロナの税制議論、3つのポイント─連載コラム「税の交差点」第78回」、下記のURL(最終アクセス2020年7月12日)を参照。
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3474&utm_source=mailmaga_20200709&utm_medium

日々是総合政策No.149

新型コロナと国の政策(4)

 日本も新型コロナの影響により、多くの倒産と失業が発生しています。新型コロナ騒動に対する経済政策として、安倍政権では一律10万円の現金給付を打ち立てました。短期のケインズ型消費関数に基づけば、現実の消費は限界消費性向に依存しています。新型コロナ騒動で外出を控えた結果、観光やレジャー等で新たな消費を誘発する効果があまり期待できない場合、一律現金給付の経済効果は弱いと考えられます。所得税制度における基礎・配偶者・扶養控除等の人的控除には最低限の生活保障と言う根拠がありますが、10万円金額の具体的な根拠は示されていません。
 その一方で、平均消費性向が高い低所得者のみの限定給付は経済効果が期待できるものの、制度が複雑で迅速でないと言う問題があります。現行の消費税は住民税非課税世帯に対して、授業料・入学金を免除または減額と言った様々な優遇措置が設けられています(注1)。令和2年4月7日に閣議決定された「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策について」に於いても、個人住民税均等割非課税水準に基づく支援策が出されました(注2)。今後は高所得者に支払われた給付分の財源徴収が必要となるでしょう。
 日本の税や社会保障制度は普遍主義に基づく制度設計が多く、生活困窮者のみを対象にした選別給付が少ないと言う特徴があります。社会保障制度も生活保護のみが救貧の機能を果たしており、租税制度も低所得者のみの税額還付がありません。税と社会保障制度の更なる見直しが必要となるでしょう(注3)。
 また、人口移動制限の状況下で大規模な公共事業は効果が期待できないかもしれません。従来のインフラ整備から感染症対策のための病院建設への移行等を中心に、政府は公共事業にも工夫が求められるようになってきました。

(注1)現行消費税制度は、「知ってほしい!消費税のこと。暮らしのこと。」、下記のURL(最終アクセス2020年5月21日)を参照した。
https://www.gov-online.go.jp/cam/shouhizei/koutoukyouikumushouka/
(注2)「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」については下記のURL(最終アクセス2020年5月21日)を参照した。
https://www5.cao.go.jp/keizai1/keizaitaisaku/2020/20200407_taisaku.pdf
(注3)この点については、佐藤主光「<新型コロナ問題と税・社会保障>その3:コロナ禍の「出口戦略」をどうするか?」、下記のURL(最終アクセス2020年5月21日)を参照した。
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3419

(執筆:田代昌孝)

日々是総合政策No.145

新型コロナと国の政策(3)

 米中貿易摩擦とも言うように、中国もアメリカと並んだ大国です。以前は中国も途上国と言われましたが、沿岸部における外資系の企業誘致が盛んとなり、最近ではアメリカを凌ぐような経済大国となりました。これは中国共産党における人事評価が経済成長率に基づいているためであると言えます(注1)。
 一党独裁のような国家は中央政府が全ての政治に関与し、全ての国民を守るような体制です。中国が共産主義を唱っている以上、本来ならば国民はあらゆる面で平等でなければなりません。都市と農村の様々な格差を是正するような政策が、中国では最も重要であります。
 ただ実際には、中国は国土面積が非常に広く、格差を是正すると言っても、その効果は限られています。分税制という財政調整制度を中心に、いわゆる貧しい地域への補助金政策が完全に機能せず、多くの農民工が充分な社会保障制度を受けられない状況となっています。
 その原因として、中国の農民工が都市労働者に比べて、質の低い社会保障制度に加入するしかない状況が挙げられます。中国における社会保障制度の特徴と言えば、戸籍管理制度に基づく運営です。一部のビジネスに成功した農民起業家を除けば、ほとんどの農民は都市戸籍への転換は実質的に不可能なものとなっています(注2)。戸籍管理制度に基づく社会保障制度を通じて、様々な格差が発生した結果、中国では新型コロナが蔓延したとも言えるでしょう。
 公的医療の充実を疎かにして経済成長を重視した結果、医療サービスを中心に格差が生じたという背景は、中国もアメリカと非常に良く似ています。質の低い医療サービスを受け続ける低所得者と、高い医療技術のサービスを受ける高所得者が共存する体制は、中国もアメリカも同じです。新型コロナの世界的な流行を通じて、今後は多くの国々で公的医療の重要性を認識することになるでしょう。

(注1)中国の人事評価と経済成長との関係は、田中直毅「世界を揺るがす中国資源多消費型経済の屈曲点」『ニッポンドットコム』経済・ビジネス2016.02.17、
https://www.nippon.com/ja/column/g00349/(最終アクセス2020年5月4日)を参照した。
(注2)中国の戸籍管理制度による社会保障の運営は柯 隆[2014]「中国の社会保障制度と格差に関する考察」『フィナンシャル・レビュー』第119号、172-175頁を参照した。

(執筆:田代昌孝)

日々是総合政策No.141

新型コロナと国の政策(2)

 アメリカはヨーロッパの福祉国家と逆の立場にあるような自由主義に基づく、経済成長を重視してきた国です。医療技術が世界一となるアメリカで新型コロナが急速に流行した背景には、何が考えられるでしょうか。その理由は税を徴収する公共部門の役割を少なくして、必要最低限な医療サービスをも民営化したからです。アメリカでは多くの人々が公的な医療に入ることが出来ず、民間が提供する医療保険に入る仕組みになっています。場合によっては、民間の医療保険にも入れないような貧困者が多数存在しており、貧困者が病気になった場合は高額の医療費が請求されます。実社会で満足に医療を受けられない低所得者と裕福な高所得者が一緒に共存する訳です。これでは低所得者の感染したコロナウイルスが高所得者にも感染する状況は避けられません。全ての住民が自宅待機を余儀なくされた結果、アメリカ経済がストップしました。
 クルーグマンのマクロ経済学に基づき、通常の右下がり、右上がりの総需要AD、総供給AS曲線を想定しましょう。今回のコロナ騒動で生産に重要となる原材料の輸入が困難となり、総供給曲線が左にシフトすることで、一時的に物価上昇と国内総生産の減少が起こるでしょう。さらに、民間消費や民間投資が落ち込むことで、今度は総需要曲線が左にシフトする結果、物価は徐々に低下しながら国内総生産はもっと落ち込みます(注1)。
 トランプ政権は新型コロナの流行に対して、様々な経済政策を打ち立てています。失業者の大幅な増加を考慮して、緊急の特別予算を組む必要があります。外出禁止条例の出された状況では議会の召集が出来ないため、弾力的な予算編成は難しくなるでしょう(注2)。
 仮に低所得者に対する一時的な支援を行ったとしても、雇用の創出をしなければ不況による税収減と政府支出の拡大により財政が不健全化してしまいます。今後は感染症対策という新たな制約条件を加えながら、経済成長を考えなければならないと言う世界に突入したと言えるでしょう。

(注1)クルーグマンのマクロ経済学の解説などは、下記のURL(最終アクセス2020年4月26日)を参照した。
https://twitter.com/paulkrugman/status/1241689422090944513
https://www.nri.com/jp/keyword/proposal/20200401
(注2)この点については、安井明彦「コロナ禍の米国で政治の機能不全危機、注目浴びる「対策を止めない仕掛け」とは」、下記のURL(最終アクセス2020年4月17日)を参照した。
https://diamond.jp/articles/-/235008/

(執筆:田代昌孝)

日々是総合政策No.139

新型コロナと国の政策(1)

 今回の新型コロナは皆様がこれまで知らなかった、もしくは間違った解釈しかしてこなかった経済現象が明るみにされたような気がします。たとえば、ヨーロッパの社会保障について考えてみましょう。ヨーロッパはこれまで福祉国家と言われ、社会保障が充実した国だと言われてきました。政府が積極的に税金をたくさん徴収して、より多くの公共サービスを提供する大きな政府と言う形が取られてきました。簡単に言えば、経済成長は二の次で社会保障を運営するような国家体制を作ってきたとも言えます。ヨーロッパの人々は「日本人は非常に良く働く人種というイメージが強くなっており、日本人はなぜ、そこまで働くのか」という認識を持っていたような気がします。
 ところがどうでしょう?医療を中心とした社会保障が充実しているヨーロッパのような福祉国家でさえ、新型コロナの感染者は日本より急速なスピードで増加しており、死者も増えています。福祉国家であることをスローガンに掲げながら、なぜ日本よりも新型コロナが急増して、たとえばイタリアのように医療態勢が簡単に崩壊してしまうのでしょうか。
 社会保障制度の充実というのは経済成長に繋がらないという側面を持っています。社会保障制度、たとえば介護や医療のようなサービスは医師や看護師と言った人手をたくさん必要とするような分野です。社会保障制度を充実させたとしても、高速道路や鉄道網を発達させる政策と違って、人口や物流の移動は活発にならないでしょう。経済成長重視の政策を中心に置けば、貴重な労働力を成長に繋がらない社会保障分野に充てることは難しいとも言えます。ヨーロッパのように経済成長しない状態では財源が乏しく、充分な医療サービスの提供が困難になります
 福祉国家と言えども、経済成長に伴う所得増加がなければ、十分な医療機器や医療サービスは提供できないのです。完全雇用に伴う経済成長を目指さなければ、十分な医療体制を整えることは難しいということが今回の新型コロナ騒動で明らかになりました。福祉国家は単に社会保障が充実しているという意味だけで捉えることには問題があります。完全雇用とそれに伴う経済成長がなければ、福祉国家は十分運営出来ないということを理解する必要があります。

(執筆:田代昌孝)