日々是総合政策No.121

再分配政策(1):最悪の事態に対する備えとしての社会保障制度

 今日の西側先進諸国は社会保障制度を基盤とした福祉国家で、こうした国々では再分配政策の施行が国の重要な役割になっています。再分配政策の背後には、政策決定過程における個々人の再分配政策への政策需要があります(横山, 2018)。
 再分配政策には、個人間・地域間・世代間の経済的格差を是正するための政策だけでなく、最低限の生活保障・賃金保障・医療保障・教育保障などを提供する政策などもあります。皆さんも良く知っている日本国憲法第25条第1項「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」の規定は、国民に最低限の生活保障をすることを国の責務としています。この規定は、ロールズの正義論(Rawls, 1971)からも正当化することができます。社会におけるすべての個人が、今も将来も自分の置かれるポジションないし境遇については全く判らず無知である一方で自分自身の選択に影響を及ぼす一般的事実についてはすべて知っている「無知のヴェール」のもとに置かれている状況を、ロールズは想定します。
 こうした仮説的な「無知のヴェール」に包まれたもとでは、社会の基本構造や基本ルール(憲法規定)を選択する立憲的選択の段階(立憲段階)において個々人が危険を回避する行動を取るならば、すべての個人は、立憲後に生起する最悪の事態(例えば不慮の事故で稼得能力を喪失し助けてくれる家族や隣人もなく生計を維持できない事態)に自分が陥った場合を考えて最低限の生活保障や所得保障を備えた社会保障制度を用意しておくことに、立憲段階で合意するはずです。これが、マクシミン原則ともいわれるもので、社会の基本構造や基本ルールを選択するときには、選択肢となる基本構造や基本ルールの各々で生起する最悪の事態を比較して、その中で最善の(最もましな)基本構造や基本ルールを選択することが望ましいとする考え方です。
 したがって、立憲後の政府の再分配政策に対する個人の立憲的な政策需要は、自分も陥る可能性がある最悪の事態を想定した危険回避的な個人が自己利益を追求することで説明することができます。これが、再分配政策に対する立憲的な政策需要です。

参考文献
横山彰(2018)「再分配政策の基礎の再考察」『格差と経済政策』(飯島大邦編)、23-45頁、中央大学出版部。
Rawls, J. (1971), A Theory of Justice, Cambridge, Mass.: Harvard University Press. 矢島鈞次監訳『正義論』紀伊國屋書店、1979年。

(執筆:横山彰)

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