日々是総合政策No.285

農作業準備休養施設

 米の生産過剰の中で政府米価引上げのエネルギーを農村の生活環境改善に向ける。農林水産省では昭和40年代から西欧を参考に農村整備事業を推進した。その事業計画担当になった私は、限られた予算額の中での事業計画調整に苦労した。多くの要望の中に、農地の真ん中に、休憩施設、更衣所、水飲・手洗場、トイレ等を備えた共用の建物である農作業準備休養施設の助成があった。農家は自宅の周りに耕作する全農地があるわけではない。小面積で分散した農地を沢山持っている(注1)。どうしても通作距離が長くなる。農水省の進める経営規模拡大をすればさらに長くなる。そんな事情もあって、農機具、肥料、農薬等の農作業の準備の他に、共同作業の調整を行い、農家同士が語らいながら昼食を取り、休養し、泥などをシャワーで落とし帰宅する。時には地域の人々の会議室にも使える施設である。
 一番重要なのはトイレで、作業中に尿意を催した時に一々自宅に帰るのは困難だ。それなら、工事現場で見かける簡易トイレだけの設置で良いではないかと言ったら、女性は見通しの良い広々した田んぼの真中で簡易トイレに入る姿を見られることに抵抗があると反論された。結局、駐車場も付いた集会室・トイレ・シャワーなどを備えた施設が整備されたが、夜間に若い男女がラブホテルに活用する例が出てきた。
 事業の費用対効果は都市と違って人口の疎らな農村では難しい。農林水産省も灌漑排水・農道・区画整理などの農業事業と一体的に整備して効率化する事業計画を進めた。当時、若き日の黒川和美先生が強調された「結合供給」(注2)論に心酔していた私には思いもよらぬフリー・ライダーの出現だった。それから30年、東日本大震災が発生した。津波被災地の集落が高台移転した後、復旧農地の真ん中に3階建ての堅牢な農作業準備休養施設を作り、津波時に作業中の農業者が自宅に帰らず、農機具とともに施設に退避し上層階または屋上に避難する。避難車の渋滞を緩和し農業者以外の避難場所にもなる。そんな計画を提案した。甦る結合供給。ただし、夜間の施錠だけは厳重に。

(注1) この状態を零細分散錯圃と言われ、我が国の農業構造的弱点である。
(注2) 「日々是総合政策No.98」を参照願います。

(執筆:元杉昭男)

日々是総合政策No.284

再考:純資産税(9)-相続税との比較

今回は、資産の世代間移転に注目し、累進的な純資産税と相続税を比較します。純資産税が毎年の資産に課税し資産保有の格差を是正する一方、相続税は親の死亡時に相続する資産に課税します。つまり、相続税は世代間の資産移転税です。
 たとえば、超富裕な親から莫大な遺産を相続した子は、自身で稼がなくても大学への進学を目指せます。逆に、家庭が貧しいために大学進学を断念する子もいるでしょう。
 相続税は,高額の相続ほど手取り資産を大きく減らし、後の世代での機会の不平等を緩和します。また、多くの場合、超富裕者の子が得た相続財産の大部分は彼の努力(労働供給等)の結果ではなく、裕福な家に生まれたという幸運によります。この時、相続税は強い説得力を得るでしょう(注、p.356より)。
 他方、個人単位で納税する累進的純資産税は、超富裕家計における資産の世代間移転に「補助金」を与えます。いま、3億円までの資産は課税せず、それを超えた額に5%の税を課すとします。10億円の資産を保有する親が4億円を、保有資産ゼロの子に移転すると、親の税は2000(=3500-1500)万円減り,子の税が500万円増えて、親子の合計で税が1500万円減ります。つまり、減税により超富裕家計の世代間移転を後押しするわけです。
 しかし、相続税にも課題があります。
 第一に、「死亡時のみの課税」が超富裕層に租税回避の時間を与えます。彼らは、早い段階から有能な税務専門家を雇い、様々な租税回避を図ることでしょう。
 第二に、本来、累進課税すべきは生涯にわたって得た相続の累積値です。よって、死亡時以前の生前贈与の捕捉が必要です。
 第三に、実際には課税ベースが狭くなります。配偶者の相続税は、配偶者控除や非課税措置により大幅に軽減され、また、家族間のスムーズな事業継承を狙って、農地・非上場株式等が非課税扱いにされます。
 最後に、注のp.357が示唆するように、機会の不平等緩和策について、相続税と他の施策(教育費援助策等)との役割分担も求められます。


 Adam,S., Besley,T., Blundell,R., Bond,S., Chote,R., Gammie,M.,et al.(2011),
  Taxes on wealth transfers. In Tax by design, The mirrlees review ,
  pp.347-367, Oxford University Press.

                        執筆 馬場義久