日々是総合政策No.122

世界にはびこる不正義を許せるか(2):被害者と被害の権利と存在が無視される日本

 18世紀初頭に,イギリスの小説家ダニエル・デフォーは、「ロビンソン・クルーソー」の物語を発表し、クルーソーが無人島に漂流してから自力の生活を経て28年後に帰国するまでを描いた
 その生活が希少な資源を有効に利用し最大限の効用(満足)を得ようとしたかのように読めることから、経済学者は好んでロビンソン・クルーソーの世界を語ってきた。何とかその日暮らしをしてしのいでいるうちに、いろいろなことを考えて生き延びる知恵を身に着けるという点に経済学者は着目するのだが、不思議なことに、クルーソーの生活における孤独でみじめさな面には経済学者は関心がない。
 ところで、デフォーが書いた小説としてほかに『モル・フランダーズ』(岩波文庫)がある。この作品は、波瀾万丈の女性を描いた小説であり、英国女流作家V・ウルフも絶賛した傑作である。この女性は若い時期に不幸な恋愛を経験してから虚栄の結婚生活を送るようになり、中年になってからは窃盗犯として数々の犯罪を実行する。絶対に捕まらない常習犯と噂されたモルだが、最後には捕まり、米国への流刑罪となる。
 物語中には、モルがどのように窃盗を行ったかについて詳細な描写がある。デフォーは、この小説は犯罪を奨励するものでなく、一般人がこれを読んで犯罪防止に努めてほしいという教訓を込めて書いたのだと弁明している。数え切れない窃盗で得た財産を元手に、老後のモルは豊かな生活を送り、宗教心に目覚めていくという結末は、モルの人生の前半よりも後半の意義を説いたものと考えると、デフォーの主張も理解できないわけではない。しかし、被害者が被った苦痛や損害がどれだけ大きいかは、デフォーとモルの関心事ではない。
 この小説を現代の日本人が読んだら、多くの人が面白いと思うことだろう。最後は宗教心に目覚めるという結末に共感を覚える日本人も多いに違いない。しかし、私はそうは思わない。主人公のモルの描き方こそ、今日の日本の病理を表している。つまり、加害者の言い訳ばかりが強調され、被害者の存在や金銭的・物理的・精神的・心理的な被害には無関心だという「病理」だ。

(執筆 谷口洋志)

*本文の後半は、筆者の「あまのじゃくの経済学」『改革者』から一部引用しています。

研究プロジェクト「多文化共生社会の総合政策研究」第3回 公開研究会「多文化共生と農業」のお知らせ(2月22日開催)

総務省に「多文化共生の推進に関する研究会」が2005年6月に設置されてから、公共・地域の取り組みは14年以上が経過しました。2018年12月には外国人労働者受け入れのための新たな在留資格「特定技能」が創設され、あわせて「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」が策定されるなど、日本における多文化共生をめぐる状況は大きな変化の中にあります。

本研究プロジェクトでは日本の多文化共生の現状や課題を考えるべく、今回は「多文化共生と農業」を共通テーマに公開研究会を行います。皆様のご参加をお持ちいたします。

日 時:2020年2月22日(土) 13:00~15:00

場 所:中央大学多摩キャンパス 11号館4階 11410教室

プログラム

13:00~13:05 開会挨拶 

横山彰(中央大学名誉教授、総合政策フォーラム代表理事)

13:05~13:45 報告1:多文化共生における「農」の可能性

杉浦未希子(上智大学グローバル教育センター准教授、総合政策フォーラム客員研究員)

13:45~14:25 報告2:水争いの調整技術と社会的文化的背景

元杉昭男(元東京農業大学客員教授、元農林水産省中国四国農政局長、総合政策フォーラム顧問)

14:25~14:35 休憩

14:35~15:00 質疑応答・全体討論                                                            

参加費:無料 

参加申込こちらよりお申込みください。(受付回答無し 先着40名)

申込締切:2020年2月17日(月)

問い合わせ:上記申込フォームの自由記述欄にてお願いします。

 *返信までお時間をいただく場合があります。予めご了承ください。

日々是総合政策No.121

再分配政策(1):最悪の事態に対する備えとしての社会保障制度

 今日の西側先進諸国は社会保障制度を基盤とした福祉国家で、こうした国々では再分配政策の施行が国の重要な役割になっています。再分配政策の背後には、政策決定過程における個々人の再分配政策への政策需要があります(横山, 2018)。
 再分配政策には、個人間・地域間・世代間の経済的格差を是正するための政策だけでなく、最低限の生活保障・賃金保障・医療保障・教育保障などを提供する政策などもあります。皆さんも良く知っている日本国憲法第25条第1項「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」の規定は、国民に最低限の生活保障をすることを国の責務としています。この規定は、ロールズの正義論(Rawls, 1971)からも正当化することができます。社会におけるすべての個人が、今も将来も自分の置かれるポジションないし境遇については全く判らず無知である一方で自分自身の選択に影響を及ぼす一般的事実についてはすべて知っている「無知のヴェール」のもとに置かれている状況を、ロールズは想定します。
 こうした仮説的な「無知のヴェール」に包まれたもとでは、社会の基本構造や基本ルール(憲法規定)を選択する立憲的選択の段階(立憲段階)において個々人が危険を回避する行動を取るならば、すべての個人は、立憲後に生起する最悪の事態(例えば不慮の事故で稼得能力を喪失し助けてくれる家族や隣人もなく生計を維持できない事態)に自分が陥った場合を考えて最低限の生活保障や所得保障を備えた社会保障制度を用意しておくことに、立憲段階で合意するはずです。これが、マクシミン原則ともいわれるもので、社会の基本構造や基本ルールを選択するときには、選択肢となる基本構造や基本ルールの各々で生起する最悪の事態を比較して、その中で最善の(最もましな)基本構造や基本ルールを選択することが望ましいとする考え方です。
 したがって、立憲後の政府の再分配政策に対する個人の立憲的な政策需要は、自分も陥る可能性がある最悪の事態を想定した危険回避的な個人が自己利益を追求することで説明することができます。これが、再分配政策に対する立憲的な政策需要です。

参考文献
横山彰(2018)「再分配政策の基礎の再考察」『格差と経済政策』(飯島大邦編)、23-45頁、中央大学出版部。
Rawls, J. (1971), A Theory of Justice, Cambridge, Mass.: Harvard University Press. 矢島鈞次監訳『正義論』紀伊國屋書店、1979年。

(執筆:横山彰)