研究プロジェクト 2019-6

【研究プロジェクト・テーマ】

和文:多文化共生社会の総合政策研究
英文:Policy Studies on Multicultural Symbiotic Societies

【プロジェクト・リーダー】

横山彰(中央大学名誉教授、一般社団法人総合政策フォーラム代表理事)

【研究プロジェクトの趣旨】

 いま日本で生活している人々は、日本に在留する外国の人々の多様な文化や、国籍を問わず宗教・イデオロギーなどの異なる人々の多様な文化や、年齢・所得・職業など人口統計学的に異なる集団の多様な文化や、テレビ・新聞などのマスメディアのみならずSNS(Social Networking Service)や映画・音楽などを通して多様な文化に、日々接している。
 そうした日々の生活の中で、個々の人間が異なる文化様式で暮らす他者といかに同じ時間と空間を共有し各々の幸福を追求していくかで、その個人が属する社会が変容していく。つまり、多文化共生は、いかなる時代のいかなる人間社会においても常なる社会的課題であったが、いままで以上に多様な文化が並立している現代の日本では、より一層重要な社会的課題となっている。
 こうした認識のもと、本プロジェクトは、総合政策の視座に基づき多文化共生という社会的課題に2つの視点から接近する。第1の視点は、現実の日本社会で生活する個人が、自らの文化様式を意識しつつ異なる文化様式で暮らす他者といかに連携をしながら、「より良い社会」をめざしているのかという問いで、これは分科会1「多文化共生の多中心的連携活動」の研究プロジェクトで探求される。第2の視点は、社会を構成する個人が異文化に直面したとき、どのような精神的活動(例えば思想・哲学など)を生み出してきた(いる)のか、また、精神的活動の所産が多文化共生にどのような影響を与えてきた(いる)のかという問いである。これは、精神的活動を考察の対象としてきた人文学をとりあげる分科会2「多文化共生の人文学的基礎」の研究プロジェクトで探求される。

分科会1:テーマ

和文:多文化共生の多中心的連携活動
英文:Polycentric Collaborative Activities for Multicultural Symbiosis

【分科会1プロジェクト・リーダー】

横山彰(中央大学名誉教授、一般社団法人総合政策フォーラム代表理事)

【分科会1プロジェクトの趣旨】

 本プロジェクトの目的は、上述したように多様な文化が併存している日本社会において、各文化の相違を前提に多数の互いに独立した意思決定主体がいかに連携しながら「より良い社会」をめざしているのか、その結果、多文化共生といえる社会状態に近づくのかについて明らかにすることである。
 多中心的とは「Polycentric」の日本語訳で、この概念はPolanyi (1951[1998])、Ostrom, Tiebout and Warren (1961)、Ostrom (1972[1999])に依拠するもので、互いに正式に独立した意思決定を行う多数のセンターに係るという意味内容である。この視点から多義的な多文化共生を考察し、多文化共生の多中心的連携活動こそが、いまの日本社会のみならず広く人間社会において重要な役割を果たす点を示唆する。

【分科会1プロジェクトの内容】

(1)代表的な先行研究
小﨑敏男・佐藤龍三郎編著(2019)『移民・外国人と日本社会』原書房。
総務省(2006)『多文化共生の推進に関する研究会報告書:地域における多文化共生の推進に向けて (2006年3月)』
<http://www.soumu.go.jp/kokusai/pdf/sonota_b5.pdf, 2019.7.5閲覧>
総務省(2019)『多文化共生の推進に関する研究会報告書2018(2019 年(平成 31 年)3 月)』
<http://www.soumu.go.jp/main_content/000608108.pdf, 2019.7.5閲覧>
Berry, J. W. (2011), “Integration and Multiculturalism: Ways towards Social Solidarity,” Papers on Social Representations, 20: 2.1-2.21.
Ostrom, V., C. M. Tiebout, and R. Warren (1961), “The Organization of Government in Metropolitan Areas: A Theoretical Inquiry,” American Political Science Review, 55(4): 831-842.
Ostrom, V. (1972[1999]), “Polycentricity,” reprinted in M. D. McGinnis, ed., Polycentricity and Local Public Economies, Ann Arbor: University of Michigan Press, pp. 52-74, 119-138., [and originally presented in the 1972 meetings of the American Political Science Association].
Polanyi, M. (1951[1998]), The Logic of Liberty: Reflections and Rejoinders, Chicago: University of Chicago Press, [Indianapolis: Liberty Fund, Inc.].
Wagner, R. E. and A. Yokoyama (2013), “Polycentrism, Federalism, and Liberty: A Comparative Systems Perspective,” Journal of Public Finance and Public Choice, 31(1-3): 179-197.
(2)研究手法
文献研究、ヒアリングなどの社会調査を中心に行う。

分科会2:テーマ

和文:多文化共生の人文学的基礎
英文:Humanistic Basis of Multicultural Symbiosis注1)

【分科会2プロジェクト・リーダー】

山内勇人(中央大学政策文化総合研究所客員研究員、一般社団法人総合政策フォーラム研究員)

【分科会2プロジェクトの趣旨】

 本プロジェクトの目的は、現代日本社会において人文学注2)が多文化共生に対してどのような貢献を為しうるのかを考察することにある。具体的には、以下の二つの方向性で現代日本社会における多文化共生と人文学の関係について考察していきたい。
 (1)一つ目は、人文学がもたらしうる知識や教育的営為を通じた「貢献」の現代的なあり方について理解を深めることである。人文学はこれまで「他文化の理解の深化」「自文化(=当たり前)の批判的検討」「他者と交渉・対話に必要な論理的思考の獲得」「多文化共生概念そのものの構築」などの面での貢献が試みられてきた。外国人労働者の受け入れ開始や同性パートナー制度の設置等、他者との「共生」が進められる一方で、ヘイトスピーチを始め他者排斥も激しさを増す現代日本の文脈において、人文学が何を為しているのか、何を為しうるのか等に関する理解を深めていくことしたい。
 (2)二つ目は、一つ目の方向性で示したような貢献をもたらしうる(はずの)人文学的な知識が置かれている社会的な環境についての理解を深めることである。多田一臣は、人文学の講義はそれぞれの教員の学問の開示に過ぎず、それを契機として聴き手(学生)が自らの位置を探っていくことを人文学の本質としている(多田 2015:20)。そうであればこそ、人文学が(1)で示したような貢献の可能性も生まれてくると言えよう。しかし、そのように人文学を理解しているのは人文学者だけであり、聴き手にとっては人文学はそのような契機とはなっていないのではないだろうか。日本の大学生はその「受動性」がしばしば指摘されているが、受動的な学生と教員の関係において、「契機」であったはずの人文学的な知が受験における「解答」と同じ性質のものとして受け止められている可能性が考えられる。であるならば、人文学は上記のような貢献を為しうる可能性は減じられるだろう。消費社会論や現代社会の専門家-一般人に関する議論等を援用しつつ、研究者にとっての知識観と聴き手にとってのそれとの差異等を検討することにより、現代社会における人文学の位置付けを考察していきたい。
 このようなプロジェクトの意義は、人文学の現代的な役割や社会的な位置づけへの理解を深めるだけではない。上記二つの方向性は、知識の質と共に知識をどのように受け止められているのか、を問うものであるが、そこで得られる知見は、現代日本社会の初等教育から高等教育において導入されているコンピテンシー獲得を目指した教育―何を知っているのか、だけではなく知っている知識をどのように使うのか―のあり方を考察する上でも一助となると考えられる。

参考文献
西山雄二編(2013)『人文学と制度』未來社。
多田一臣(2015)「人文学の活性化のために考えておくべきこと 日本の文学部より」塩村耕編『文学部の逆襲』10-31頁、風媒社。

【分科会2プロジェクトの内容】

(1)代表的な先行研究
ビースタ,ガート 藤井啓之・玉木博章訳(2016)『よい教育とは何か 倫理・政治・民主主義』東京大学出版会
藤垣裕子(2005)「『固い』科学観再考」『思想』No.973, 27-47頁
後藤文彦(2018)『主体性育成の観点からアクティブ・ラーニングを考え直す』京都:株式会社ナカニシヤ出版
西山雄二編(2013)『人文学と制度』未來社
ランシエール,ジャック 梶田裕・堀容子訳(2011)『無知な教師 知性の解放について』法政大学出版局
(2)研究手法
主に文献研究。

注1)「共生」という概念に対する訳語として、coexistenceやconvivialityを用いる場合もある。本プロジェクトのテーマとしては、一般的な訳語としてsymbiosisを用いるが、coexistenceやconvivialityを排除するものではない。
注2)「人文学」という概念がどこまでを含むのかは議論が必要であるが、ここでは最低限の共有事項として、「人間の精神的活動(文学、芸術、哲学など)を対象とし、人間本性の探究を目的とする、いわば人間の反省的な学問」であり、「主に文献学的手法に立脚し、その解釈の妥当性や整合性が学問的明証性の基準となる」という西山雄二の定義(西山編 2013:16)に言及しておきたい。ただし、西山(2013:10-11)も指摘しているように、1950年代からの構造主義の台頭を皮切りに人文学は変容しているが、本プロジェクトにおいては変容後の思想等を人文学から排除するものではない。

【研究プロジェクト参加の方法】

 本研究プロジェクト・メンバーとしての参加を希望される方は、下記フォームにてお申込みのうえ、ご無理のない範囲で10月12日の研究会にご参集ください。10月の全体プロジェクトでは、プロジェクト・リーダーが設立記念研究集会で十分にお話しできなかった点をお話しするとともに、参加者全員に、「多文化共生」に関連させながら各自のご興味のあるテーマについて自己紹介的にお話ししていただこうと考えています。本研究プロジェクト・メンバーの確定は、11月の全体プロジェクトで行います。
 フォーラム・メンバーでない方には、プロジェクト・リーダーから改めてメール連絡をいたします。
 本研究プロジェクト・メンバーは、研究会に参加し意見を述べるだけでなく研究発表を申し込むことができますが、執筆や報告を義務づけられることはありません。 

【研究プロジェクトの研究会日程】