研究プロジェクト 2019-1

【研究プロジェクト・テーマ】

和文:ケニア北部・エチオピア南部におけるインデックス型家畜保険の需要と貧困動学、需要増加のための経済実験
英文:Index-Based Livestock Insurance (IBLI) in northern Kenya and southern Ethiopia: analysis on poverty dynamics and insurance demand and an experiment to encourage insurance agents

【プロジェクト・リーダー】

池上宗信(法政大学経済学部教授、一般社団法人総合政策フォーラム理事)

【研究プロジェクトの趣旨】

 アフリカ農村地域の小規模農家の生産量、効率性、厚生の減少の最大の要因は天候に起因するショックである。被害・損失が限定的であれば、知人との助け合い等により、ある程度ショックを緩和できるが、皆が困窮してしまうような大規模かつ深刻な旱魃の場合には、相互扶助だけでは間に合わない。したがって、悪天候に起因するショックを緩和する手法を探索することは、アフリカ農村地域の経済成長、社会厚生の増大を目指すにあたっての重要課題の一つである。伝統的な保険には情報の非対称性に起因する問題が伴い、また、インフラの整備されていない地域での保険の取引費用は大きく、個々の小規模農家からの利益は小さく、市場メカニズムを通じたパレート最適の実現は、従来、困難であった。市場の失敗が生じにくく、かつ取引費用を削減する革新的なインデックス型保険は、公的保険の利益を活用することによって開発途上国の小規模農家が悪天候に起因するショックを緩和するのを助けるのに有効ではないかと注目されてきた。
 アフリカの角地域の乾燥・半乾燥地帯に住む貧しい牧畜家計にとっての最大の脅威は旱魃による家畜の死亡である。4年から5年に1度の頻度で旱魃にあい、人的資本の次に重要な生産資本である家畜の3割から4割を失う。そのような負の経済ショックを緩和する政策の1つとして、ケニア北部およびエチオピア南部ボレナ県において2010年よりインデックス型家畜保険が保険会社により導入された。その後、インデックス型家畜保険は、保険会社だけでなく、世界銀行、ケニア政府、世界食糧計画、エチオピア・ソマリ州政府にも採用され、政府の社会保障政策の一貫として2015年から保険の無料配布が行われようになった。一方、民間の保険としては2017年のボレナ県の大幅な増加を例外として、需要は停滞している。
 保険需要および保険の経済効果を研究するためにマルサビット県で2009年から2015年まで924家計、ボレナ県で2012年から2014年まで515家計のパネルデータが収集された。本研究は、これまでの保険需要、経済効果の研究に基づき、これらのパネルデータを活用し、貧困動学、保険需要の研究を継続する。
 また、需要増加のための新たな経済実験として、保険販売員に事前に保険販売活動の目的、目標をゴールセッティングとして表明してもらう。さらにゴールをスマートフォンを通して定期的にリマインドし、ゴールへの進捗状況、保険販売活動報告の返信に対してわずかな謝金を支払うという追加的なリマインド、ナッジ、インセンティブが、保険販売員の保険への理解、売上、潜在的な保険購入者に正の影響を及ぼすかという経済実験を行う。

【研究プロジェクトの内容】

(1)代表的な先行研究
 保険需要の研究では、地域全体の負の経済ショックの平均を示すインデックスと個々の牧畜家計の実際のショックのギャップであるbasis riskのために保険需要がそれほど伸びないこと、保険教育キットが潜在的な購入者の商品に対する理解を深めたが、深まった理解そのものが購入率の増加につながらなかったことを明らかにした。また、保険料の割引券は購入率の増加につながったが、次の販売時期に割引券がなく実質価格上昇の要因以上に購入率が下がってしまうというprice anchoring効果は見られなかった(Takahashi et al. 2016)。
 保険の経済効果の研究では、牧畜家計の生産に関する意思決定に正の効果を及ぼすこと、家畜保有、子供の健康の脆弱性を改善すること、保険が伝統的な相互扶助をクラウド・アウトしないこと、保険金支払いがなくても牧畜家計の主観的な経済厚生を改善することを明らかにした(Jensen et al. 2017; Takahashi et al. 2019)。
(2)研究手法
 本研究は、ケニア北部マルサビット県、エチオピア南部ボレナ県で実施されてきたインデックス型家畜保険のパイロット、その需要、経済効果を検証する研究プロジェクトを発展的に継承するものであり、以下の2つの研究から構成される。
 1つ目は、既存のパネルデータを用いた、牧畜家計の貧困の罠と保険需要の研究である。先行研究の一つは、貧困の罠をもたらす構造を仮定したうえで、インデックス型家畜保険の需要、経済効果をシュミレーションし、保険からの便益が最も大きい貧困の罠の閾値のすぐ上に位置する最貧困ではないが脆弱な家計が、負の経済ショックとbasis riskによって閾値の下に落ちるのを避けるために、保険購入ではなくbuffer stockへの投資を選ぶという逆説的な結果を得た。本研究は、まず長期パネルデータを用いて、家畜保有量の動学から貧困の罠が示唆されるかを見る。もし、示唆されるならば、貧困の罠をもたらす構造を検証するとともに、上記の貧困の罠とbasis riskがもたらす家畜保有量と保険需要の関係を検証する。
 2つ目は、2017年のボレナ県の大幅な増加を例外として、停滞している民間保険会社の保険の需要を増加させるために有効な手法を探るための経済実験である。保険販売員は、保険会社の正社員ではなく、毎年2回ある雨季の直前の2ヶ月、合計4ヶ月の販売期間だけに雇用されるパートタイムの保険販売員である。需要が停滞していること、4ヶ月間だけのパートタイム、さらに首都にある保険会社と僻地にある保険販売地域との距離などの理由から、保険販売員のモチベーションおよび販売活動が不透明かつ不活発となっている。この問題の研究かつ改善効果が期待される対策の一つとして、行動経済学の知見を活用した上記の経済実験を行う。

参考文献
Jensen N., C. B. Barett, and A. Mude (2017), “Index Insurance and Cash Transfers: A Comparative Analysis from Northern Kenya.” Journal of Development Economics, 129: 14-28.
Takahashi, K., C. B. Barrett, and M. Ikegami (2019), “Does Index Insurance Crowd In or Crowd Out Informal Risk Sharing? Evidence from Rural Ethiopia.” American Journal of Agricultural Economics, 101(3): 672-691, April.
Takahashi, K., M. Ikegami, M. Sheahan, and C. B. Barrett (2016), “Experimental Evidence on the Drivers of Index-Based Livestock Insurance Demand in Southern Ethiopia.” World Development, 78: 324-340, February.

【研究プロジェクト参加の方法】

 本研究プロジェクトへの参加を希望される方は、下記フォームにてお申込みください。

【研究プロジェクトの研究会日程】

 参加メンバーが確定後、メンバーの皆さんに改めてご連絡します。